インセカンズ
「ノーならそれで良いけど、迷ってんなら出てこいよ」

緋衣が断れば、第二、第三の女のところにでも行くのだろう。本命の都合がつかなかったから、緋衣に電話を掛けてきたのだろうと推測する。

「……ヤスさんが向えにきてくれるなら、いいですよ」

ショッパーに仕舞ったワンピースの模様を見つめながら、気付けば、そう口にしていた。

もう、奔放な女でもいい。緋衣は思う。安信にどう思われようが、他の女のところに行かせる位なら一秒でも長く一緒にいたい。緋衣にはもう時間がないのだ。

亮祐、ごめん。これが最後だから。本当に本当に最後だから。緋衣は出掛ける支度をしながら、心の中で懺悔の言葉を繰り返す。

部屋着からパーカーとデニムに着替え、待ち合わせに指定したコンビニに向う。緋衣が着いて間もなく、安信が運転する白いBMWが駐車場に到着する。

安信は、助手席に乗り込んだ緋衣に「おつかれ」と一言だけ言うと車を発進させる。

テンション高めな安信を想像していた緋衣だったが、ポーカーフェイスを装っているのか、何を考えているのか分からない。言葉を発しない彼に、緋衣も口を開くことなく窓の外を見つめる。

居心地の悪さを覚えるより早く、車は安信のマンションに到着した。

部屋に辿り着くまでの間もやはり会話はなく、緋衣は黙って安信の後に続く。

「先、リビング行ってて」

もしかしたら、本当に何かあったのかもしれない……。緋衣の不安が本格化してきた頃、安信は漸く口を開く。

玄関の鍵を開けてそのまま洗面室に向った安信の背中に頷くと、緋衣はリビングに向かう。
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