インセカンズ
「返事はすぐ出さなくていい。大切なことだから、ちゃんと考えて決めてほしい」と言った亮祐の言葉に甘えて、緋衣はその場での返答を避けた。

亮祐の話を聞きながら、どうしても揚げ足を取ってしまいたく自分をぐっと飲み込んでいた。

――不安や考えている事があったのなら、その時にちゃんと話してほしかった。

――現地妻がいるから、遠距離も乗り越えられると思ったんでしょ? それとも、あの女にふられたの?

――ちゃんと説明してくれてたら、亮祐を裏切ることもなかった。

緋衣は、ずっと胸の奥に痞(ツカ)えている言葉を吐き出すことはしなかった。

少しして始まった夕食の時も、ホテルの部屋に戻ってからも、亮祐は結婚の話をしてこなかった。

彼は、緋衣が舌足らずな女の存在に気付いているとは露ほども疑ってないのだろう。返事を催促してこの場を台無しにしてしまうよりは、せっかくの旅行を楽しみたいという気持ちが強いのだろうと思った。

亮祐が、結婚という二文字を出して女性を繋ぎ止めておくような軽い男ではないことは分かっている。真剣に考えてプロポーズしてくれたのだろう。

何かしら事情はあったにせよ、亮祐があの女と関係なかったら?
ずっと自分だけを想っていてくれたのだとしたら?

そうだとしたら、自分がしたことは一体何だったのだろう。そう考えて、初めて罪悪感が緋衣を襲う。

けれども、あの女の存在がある以上、どうしても納得はできない。

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