インセカンズ
亮祐を窺う限り、何かを隠しているような気配は見当たらなかった。あの女のことだから、こうして会っている間にも何かしら手出ししてくるのではないかと構えていたが、どういう訳かそれもない。二人が完全に切れたと思っても良いのだろうか。

緋衣は、聞きたいことを聞けない代わりに、別れ際にひとつだけ亮祐に尋ねた。

「亮祐は、本当に私でいいの?」

すると、彼は笑って、「そうじゃなきゃ、プロポースなんてしないだろ」と答えた。そして、

「本当は、すぐに緋衣から‘イエス’って返事が欲しかったんだけどな」

と、今度は困ったように笑った。

その顔は、今でも緋衣の脳裏に焼き付いて離れない。

洗面室から、洗濯物が洗い終わった事を知らせるブザー音が聞こえてきて、緋衣ははっと我に返る。

学生時代のように、余りある時間を過ごしている訳ではない。やらなくてはならないこと、考えなくてはならないことは他にもある。けれども今は、自分を選んでくれた亮祐のこと以上に大切なことはない。
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