インセカンズ
亮祐の期待に応えたいと思う。

‘イエス’を聞けると信じていた彼を悲しませたくないと思う。

その為には、胸の奥底に降り積もった疑念を、静かに燻ぶり続けている想いを、封印するしかない。

これからは亮祐のことだけ考えていればいい。この機会に仕事を辞めて、彼の元へ旅立てばいい。やりがいのある仕事は他でもきっと見つけられるはずだ。全ては自分次第で世界はいくらでも変えられる。何も、報われない相手を想い続けて婚期を逃す必要はないのだ。安信とのことは、長い人生に置いては瞬きするような一瞬のことでしかない。ひとときの恋の思い出を大切に胸に仕舞って、夢に描いたあの白亜のチャペルから新たに築き上げていけばいい。

緋衣は携帯を手に取ると、新幹線で転勤先へと向かっているはずの亮祐にメッセージを送る。

『プロポーズ、お受けします』

打ち込んだ文字がぼやけて見える。次の瞬間、緋衣の膝にぽつりと冷たいものが落ちてきて、目の前が見えないほど、瞳が涙で溢れていることに気付く。後戻りできないように一線を引いたのは緋衣だというのに、あとからあとから頬を伝っていく涙は止まらない。たまらなく会いたいあの人は、今どこにいるのだろう。手に入らないと分かっているから、こんなにも恋しいのだろうか。


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