インセカンズ
「ちゃんと手当したんだね」

そう言って彼が指差したのは、靴づれを起こしてカットバンが張られた踵だった。

そのままの流れで、近くのノマドカフェに場所を移して一緒にお弁当を広げた。

亮祐は、緋衣が働くオフィス街に勤務しているサラリーマンで、昼食はいつも社食で済ませているが、今日はたまたま外に出たら行列を見つけて並んだのだと言った。最寄駅が同じとはいえ、昨日まで見知らぬ他人だった相手と同じ日に二回も会うなんて偶然もあるのだと会話したことを、緋衣は今でも覚えている。

だが、二人が本当に驚いたのはその日の夜だった。

緋衣が予定通り出席した合コンに、亮祐が遅れてやってきたのだ。彼は、急な仕事でドタキャンした男性側のピンチヒッターだった。

「何だろね、これ。もう、付き合っちゃえってことだよね?」

亮祐の一言で、その日のうちに交際が始まった。
笑う度に零れる白い歯。もっと笑うと左の八重歯が見えることを知ったのも同じ日だった。

二人でいるとまるで遊園地のメリーゴーランドに乗っているようだと、緋衣は思った事がある。

一周する毎に違う世界が目の前に広がって、子供時代の緋衣をわくわくさせた時のようなどきどき感をいつも味わわせてくれて、それは月日が経っても変わることはなかった。

緋衣は、決して初心な女性ではない。
初めて彼氏ができたのは高1の秋で、月並みに恋愛経験もある。

だから例え、まるで神様のいたずらのような出会い方が運命的だとは思っても、白馬の王子様のように亮祐に夢見ている訳ではない。

彼のどこか一番好きかと尋ねられれば、子供のように無邪気に笑う太陽のような笑顔だと今でも思っている。
< 13 / 164 >

この作品をシェア

pagetop