インセカンズ
聞き覚えのあるその声は、安信の出張に同行した際に目撃した、亮祐の隣りを歩く例の女のものだった。彼女は、緋衣に対してもにっこりと笑うと自己紹介を始める。

「はじめまして。亮祐さんと同じ会社で受付業務をしています、一ノ瀬と申します。彼女さんですか?」

礼儀正しくお辞儀をする彼女は、甘い声でドスを利かせた電話の女とは打って変わり、礼節を弁えた振舞いをする。きちんとした教育を受けて育ったお嬢さん、といった立ち居振る舞いは、事情を知らない者から見れば好感が持てるものだった。

「一ノ瀬さんは、どうしてここに?」

一ノ瀬からの問いかけに口を開いた亮祐は、穏やかな笑みを浮かべている。先程のうろたえた様子はすっかり影を顰めていた。敢えてなのか、緋衣が恋人かどうかという事に関しては明言を避けた。

「今日は、短大時代の友人と約束してるんです。とても仲良くしている子で、結構頻繁にお互いを行き来しているくらいなんですよ。でも、さっき30分位遅れるって連絡があって、お店覗きながら時間潰してたんです」

「そう。じゃあ、俺達はこれから予定があるから、ここで」

亮祐が緋衣の腰に手を回して先を促したが、彼女はその場に留まると一ノ瀬に向き直る。

「一ノ瀬さん。良かったら、お友達が来るまで一緒にお茶でもしない? 退屈でしょう?」

緋衣が言うなり、腰に回されたままの亮祐の指先が一瞬びくりと痙攣したのを感じた。

「ね? 亮祐もいいよね?」

亮祐を窺えば明らかに作り笑顔で、緋衣がいいならと答える。三人は、ビル内のカフェに場所を移した。

緋衣は、亮祐を待っているときから感じていた人の視線が一ノ瀬からのものであった事をようやく理解する。亮祐の視線がふと外れた際、憎しみの篭った鋭い眼差しで睨み付けられたからだ。それは、ずっと感じていた居心地の悪い視線そのものだった。

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