インセカンズ
運ばれてきたコーヒーを前に、当たり障りのない世間話が続いていた。

こうして、一ノ瀬と実際に顔を突き合わせてみると、思ったほど動揺していない緋衣がいる。

三人の出会いが偶然であるはずはなく、一ノ瀬は亮祐の行動を把握しているのだろう。彼を追いかけてきたのだとすれば、緋衣の前に現れたのには必ず理由がある。携帯越しに彼女の甘ったるい声を聞いたその時から、どこかでこうなることを予感していたのかもしれない。緋衣は一ノ瀬を観察することにした。テーブルの下では、亮祐が小刻みに足を揺らしている。

「亮祐さんから、地元に彼女さんを残してきたとは聞いていたんです。緋衣さんの事だったんですね」

一ノ瀬の話は、緋衣が亮祐の恋人だという前提で進んでいく。ここでも亮祐は肯定も否定もしなかった。

「亮祐さんって、すごいんですよ。かっこいいし仕事もできるから、社内の女子社員にすっごいモテモテで! あ、飲み会の時の写真あるから、緋衣さんも見ます? 彼女さんいるのにデレデレしちゃって」

一ノ瀬はくすくす笑うとバッグから携帯を取り出す。

「そんなの出すなよ。人に見せるもんじゃないだろ」

亮祐は、緋衣に向って差し出された一ノ瀬の手を遮ろうとするが、彼女はそれを交わして携帯を渡す。

不機嫌そうに腕組みをする亮祐のその隣りで、緋衣は携帯片手に固まってしまう。そこには、裸で眠る亮祐をバックにピースサインをする下着姿の一ノ瀬が映っていた。

「……ふっ」

次の瞬間、吐息混じりの笑みを漏らした緋衣を見て不審に思った亮祐が携帯を奪うと、画面を見て目を見開く。

「いつのまに……っ」

亮祐は思わず口を滑らせてしまった事に気付き、はっと口を噤む。

「あれ~? どうしたんですか? 私、違うの見せちゃいましたかね?」

途端に演技がかった口調の一ノ瀬は、力の抜けた亮祐の手から携帯を取り戻す。

「やだ! 私って、おっちょこちょいなところがあって、ごめんなさい。緋衣さん、気にしないでくださいね。亮祐さんには、結婚するまでの遊びだって最初から言われているので。社内でも他に、私みたいな子が何人かいるみたいですけど、亮祐さんの本命は緋衣さんだけですから」

鼻に掛った甘い声。緋衣に向って割り切った関係だと言うくせに、瞳の奥は憎悪と嫉妬で燃えている。目は口ほどに物を言う。彼女が亮祐に対して本気なのは火を見るより明らかだった。

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