インセカンズ
「――つまり、決めたんだな。結婚」

安信は、カウンター越しに緋衣を見つめる。

「いいえ。結婚はしません。さっき、そう正式に決まりました」

亮祐に別れを告げた後、やり直したいという連絡が何度かあった。その度に、本当に愛しているのは緋衣だけだと耳障りの良い言葉を並べ立てられた。けれども、亮祐がどんなに言葉を尽くしても、緋衣の胸を打つことはなく、気持ちはより冷めていく一方だった。

それでも、三年付き合った相手を無碍にすることもできず、つい先程まで、待ち合わせをしたラウンジで話し合いを続けていた。亮祐は、一ノ瀬が言った事は事実ではなく一度だけの過ちだったと繰り返した為、二人の関係をもっと前から知っていたと告げても良かったが、三人が顔を合わせた時、一ノ瀬は決してそれを口にしなかった。亮祐は、未だに一ノ瀬が彼の携帯を勝手に使用していた事を知らない。あの時点で二人の関係は終わったのかもしれないが、一ノ瀬の真剣さを思うと、彼女の為に少なからずチャンスを残してあげたいと思った。そんな風に思えるのは、離別の理由はもはや亮祐の浮気ではないからだ。

「まさか、俺の事がバレたとか? 焦ってたんじゃなかったのかよ?」

「焦ってましたよ。でも、ヤスさんの事がバレたとかじゃないです。ずるいかもしれないけど、向こうは何も知らないし、こうなったのもタイミングもあるのかもしれません。見す見す婚期を逃したことを考えると、少しだけ後悔はしてますけど。でも、これでいいんです」

亮祐と二人でメリーゴーランドに乗って、同じ景色を見ているはずだった。それが、いつの間にか乗客が一人降り、もう一人降り、誰も乗っていない遊具がただ幻想的な音楽とともに回っていただけだ。

「……じゃあ、何で俺とも終わりにしたがる?」

亮祐は、気に入らない様子で緋衣を見る。

「それは……。最初に言った通りです。覚えてますか?」

緋衣はそう言ったあと、軽く手を上げて安信を制する仕草をする。

「やっぱり、ヤスさんは言わなくていいです。私が言わないと何も変えられないので」

胃がせり上がってくるような緊張感。今にも逃げ出したくなる衝動を下ろした手で拳を握って耐える。

< 149 / 164 >

この作品をシェア

pagetop