インセカンズ
「私、ヤスさんが好きです。始めから予感はあったけど、もう気持ちを抑えることができないんです。ヤスさんの言葉ひとつで一喜一憂するような状況なんです。こんなんじゃ、身体だけの関係に相応しい相手とは言えないでしょ? だから、約束通りこれで終わりです」

緋衣は、挑むように安信を見上げる。もう、こんな風に顔を合わせるのは最後かもしれない。瞼を閉じていても彼の顔を思い描けるように、しっかりと目に焼き付けておきたかった。

「単に、連絡しないでフェードアウトすればいいだけの話を、わざわざ言いにきたんだ?」

安信は、少しイライラした口調で嘲笑うかのように言うが、緋衣は怯むことなく続ける。

「そうです。ただの自己満足です。ヤスさんには、私のせいで引き留めてしまって申し訳なかったですけど、きちんとケリつけたかったんです。それに、もっと言えば、気のある素振りで振り回したヤスさんにも責任はあります。高みの見物するだけなら、そういうの必要なかったですよね。だから、最後くらい、ヤスさんのこと嫌な気持ちにさせないと、私の気だって治まらないです」

凛とした瞳で自分を見つめてくる緋衣に対し、安信は困ったようにこめかみを掻く。

「アズ……。おまえは、本当に何も分かってなかったんだな。俺の方こそ、始めに言ったよな。全てはおまえ次第だってさ。それ、どういう意味か考えなかったのかよ? それに、俺はこうも言ったよ。俺がアズを好きになる可能性は考えないのか?ってな。好きでもない女、わざわざ呼び出したり部屋に入れたりするかよ。俺はそこまで懐深くないよ」

安信はそこまで言うと、盛大な溜息を吐く。

「ほんっとに優等生だな、アズは。そのくせ、自分に寄せられている好意を信じられないなんて、自己評価が低すぎるんだよ。もう俺、頭痛いわ……」

安信は、はぁ、と再び溜息を吐いて、冷蔵庫からはワインボトル、棚からはワイングラスを二脚取り出すと、それを両手に持って緋衣の元へとツカツカ歩み寄る。

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