インセカンズ
「確か、アズがいなかった時の同期会でそう言ってたよ。先手打っただけかもしれないけど」

「なんか意外……」緋衣は呟くように言うと、最終チェックの為に洗面台の鏡を覗き込む。

デートや合コンであれば、一度メイクを落としてから再び化粧をするが、今日は気の置けない同期だけの飲み会の為、目の下にハイライトを入れてくすみを飛ばすだけにする。

「でも、機会があったら一度位お願いしたいかも。アズはヤスとそういうの想像した事ない?」

唇にグロスを塗りながら聞いてくるミチルに、緋衣は思わず眉を顰める。今の今まで、考えたことすらなかった。

確かに、安信は、入社当初から人目を引く端正で男らしい顔立ちが話題だった。でもそれだけではなく、すぐに仕事でも評価されて、そんな彼を同期会に引き入れたのは男性社員の方だったから人望があるのも分かる。ミチルだって、当初から親しみを込めて安信を呼び捨てで呼んでいるし、安信の方も彼女の名前を呼び捨てにしている。同期の中で一番安信に近い女性は?と聞かれれば、それは間違いなくミチルだ。

「ないない。ていうか、ミチルはあるの?」

「あるでしょ、普通に。だって、あんなイイ男そうそういる? あの低い声なんか、たまんないし! ヒデが男の割にちょっと声高めだからかもしれないけど、たまにヤスに呼ばれるとドキドキしちゃうっていうか変な気分にならない? あやうく好きになりそうな時とかあるもん」

悪びれた様子もなく、「妄想は自分だけのものだから楽しいよね」と続けるミチルに、緋衣は思わず「ヒデくん、かわいそう」と溢す。

緋衣も何度か会って話したことがあるミチルの恋人を思い返してみても、声が高かったという印象はない。むしろ、安信が低すぎるのでは?とも思うが、逞しい想像力に水を指すようなので言わないでおいた。
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