インセカンズ
「ヤスさんなら、スッピンなんていくらでも見慣れてるでしょう。私、素顔見られても割りと平気なんです。眉が少し薄いくらいで、メイクしてもあまり変わらないですから」

「確かに驚きも発見もなかったわ。それこそ、親に感謝だな」

「そうですね。マスカラいらずの睫毛だけはちょっと自慢なんです」

緋衣はひとつ瞬きすると、カンパーニュを千切って口の中に放り込む。

安信は、アピールする様に瞬きした緋衣を見て、

「だーかーらー」

とわざと語尾を伸ばす言い方をする。

「だからさアズ、そういう時にかわいい顔して見せるんだよ。ちょっと練習。ほら、やってみ」

手本のようににこりと笑ってみせるが、緋衣はそれに反応することなくしれっと返す。

「彼氏相手ならいいですけど、そうじゃない人にそういう顔を見せようとは思わないです」

「頑なだな。俺がおまえに惚れたらどうしようとか思ってんの?」

「思ってませんよ。そうやって煽られてもしないですよ」

「アズ……。俺の扱いを分かってきたな」

緋衣を唆すのを諦めた安信は、今度はおかしそうに喉の奥を鳴らして笑う。

「だんだん慣れてきました。考えてみたら、5年同じ職場にいながらこんなに長く話すことも一緒にいる事もなかったですもんね。ヤスさんは、同僚とプライベートでも会ったりするんですか?」

「まぁ、たまにはな。でも、どうしても仕事半分プライベート半分って感じにはなるよな」

「私は平日顔合わせてるから、休日は違う顔が見たいって思っちゃうんですよね」

「そうなんだよな。休んだ気がしねー」

「同感です。なので、これ以上居座るのも申し訳ないので、食べ終わったらお暇しますね」

緋衣は残っていたヤングコーンを一突きして皿をきれいに平らげると、ごちそうさまでした、と手を合わせる。
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