インセカンズ
「日帰りで直帰ですよね?」

「最終の新幹線で帰ってくる予定でいる」

安信は頷く。

「私は今回お伴するだけなので、帰りは別行動でも大丈夫ですよね?」 

「それは構わないけど。……やらしー。女の一人旅か?」

ピンときた安信が、にやりと目を眇める。

「変な言い方しないでください。久しぶりに知人に会いに行ってこようかなって思っただけです」

「とか言って、男の知人なんだろ?」

からかい口調の安信に、緋衣は少し低めの落ち着いた声で牽制する。

「……ヤスさん。最近ヤスさん、私にちょっと馴れ馴れしいですよね? 会社では、今まで通りにしてくれませんか?」

「今までって? ごめん、思い出せねーわ」

けれども、安信は敢えて空気を読むことをせず、しれっと返してくる。

「同じ部署だから何とでも言い訳できますけど、ヤスさんのこと本気で狙ってる女子が結構いるんですよ。そういうのに巻き込まれたくないんです」

「ミチルが、同期の特権だっての!って蹴散らしてたの見た事あるけどな」

「それ、私も側にいましたよ。そもそもヤスさんが社内の子食い散らかすから」

「それだけどさ。俺、会社の子に手を出した事は一度もないよ。まぁ、何を信じるかはアズ次第だけど」

安信はそう言うと、自販機のボタンを押す。ガコンと音を立てて、商品が取出口に落ちてくる。

「ほら。いつものでいいんだろ」

緋衣の前に差し出されたのは、彼女が休憩時によく飲んでいるビタミン入りの清涼飲料水。

何を買うか決めて自販機の前に立っても、あれこれある選択肢の多さにいつもの事ながら迷ってしまうが、最終的にこの商品に落ち着く。

取り立てて好きだとも思わないが、何となく体に良さそうというのが一番の理由だ。
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