インセカンズ
相手先の部長は、安信を大層気に入った様子だった。同席した緋衣は、時事問題から雑学に始って、安信の豊富な知識と話術に感心せざるを得なかった。

過去に何度か上司に付いて接待に同行した事はあったが、安信の人を惹き付ける話術は特に群を抜いている。彼は根っからの営業マンなのだと思う。

相手が格上でも媚びることなく威風堂々としていて、笑うときはざっくばらんにまるで少年のように爽やかに笑う。

その裏表のない清々しい笑顔にどれだけの威力があるのかを恐らく本人も知っているのだろう。緋衣は、安信の横でにこやかに相槌を打ちながら思う。

「今日は、お疲れ。ありがとな」

相手先を見送った後、待たせてあったタクシーに二人して乗り込んで駅に向かう。

安信からの労いの言葉に、緋衣は首を横に振る。

「私はお飾りでいただけで何もしてませんよ」

「よく言うよ。見てただろ? 向こうさん終始ご機嫌だったし、アズ連れてきて俺の株も上がったよ。本当助かった。どうする? 思ってたより時間早いしどっかで軽くやってくか?」

安信は上機嫌に言ったあと、緋衣を見て気付いたようにトーンダウンする。

「そういえば、アズには予定あったんだな」

一瞬残念そうに目を伏せて前を向いた安信の横で、緋衣は首を横に振る。

「いえ。会社でトラブルがあったみたいで、今回は遠慮する事にしたんです。ホテルも取ってなかったし、ヤスさんと一緒に帰りますよ」

「……そうなのか? 残念だったな。じゃあ、せっかくだし、新幹線乗るまえに一杯やってから帰ろうぜ」

緋衣がどこか寂しそうな事に気付いて、安信は気遣うように窺う。

「いいですね。居酒屋よりはバーがいいですか? お店調べますね」

緋衣は携帯を取り出すと検索を始める。
駅近で探して、無難に口コミ評価の高い店を絞り込むと、安信にディスプレイを見せる。
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