インセカンズ
安信が緋衣の携帯を覗き込んできて、二人の距離がぐっと縮まる。ふわっと香ってくる柔らかい香りに、安信は緋衣に尋ねる。

「アズ、甘い匂いするな。バニラか? これ、どこの香水?」

「ボディークリームですかね? 会社では香水つけないので」

学生時代は香水が好きでその日の気分によって変えていたが、社会人になってからは仕事では控えるようにしていた。その代わり、バスタイムの後に保湿を兼ねてボディークリームを愛用している。

「俺、この香り好きだわ」

安信は言いながら、ふと画面をスクロールする彼女の指先に目を留める。短めに切りそろえられている爪は、シンプルなフレンチネイルが施されている。

「そういえば、こないだアズが泊まった日、シーツにこの匂い残ってたわ」

「えっ? まさか、私が帰ってから変えなかったんですか?」

「なんで? いい匂いしたから、そのまま何日か使ってたよ」

「……変態ですね」

緋衣は呆れた声を出す。

「変態ときたか。まぁ、セクハラって言われるよりマシか?」

けれども、安信に堪えた様子はなく腕組みをしながら首を捻る。緋衣はそれを見て、諦めたように小さな溜息を吐く。

「どっちがマシとか、そういう次元ではないと思いますけど。お店、どこにします?」

「軽く一杯やるだけだし、アズに任せる。おまえのセンスを確かめたい」

「確かめてどうするんですか? じゃあ、バーテンダーがイケメンだって投稿してある、ここにしますよ」

緋衣は、ふと目に留まった店を指差す。

「はっ。おまえ、嫌な女だな。そういう事は敢えて言うんじゃねーよ」

「敢えて言ったんですけど」

「何? 俺に嫉妬させたい訳?」

安信は、わざとその声に色気を乗せて緋衣を一瞥する。
< 59 / 164 >

この作品をシェア

pagetop