無垢な瞳
最後のサビの部分に入る。

すると今まで演奏に専念していたコウが立ち上がった。

コウの肘が当たり、パーテーションが倒れた。

会場は小さなざわめきで包まれた。




しかしそれは一瞬で終わり、後は感嘆のため息でいっぱいになった。

立ち上がったコウは、そのまま平然とピアノを弾きながら歌いだした。

いつの間に覚えたのだろう。

完璧な発音で完璧な歌詞を、そして魂に響く歌声で僕らの合唱を牽引した。




僕は初めてコウの歌声を聞いた。

変声期を迎えていない、美しいボーイソプラノ。

カレンのCDを何度も聞いたのだろう。

その歌声はカレンそのものだった。




僕は目を閉じた。

そしてコウの美しい天使の歌声に陶酔していた。




パーテーションが倒れたことで会場の様子がつぶさに見える。

口を開けて演奏を聞く低学年の子達。

涙を拭くことも忘れて演奏に聞き入る大人たち。




コウの母が見える。

コウと一緒に歌っている。




そしてそこから少し離れたところにケンの母の姿が見えた。

よかった‥‥。

母さん、来てくれたんだね。

ありがとう。
< 144 / 243 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop