無垢な瞳
無口だと思っていた祖父はその日を境にケンによく話しかけるようになった。

ケンを誘っては車でいろいろなところに連れ出した。

それは母冴子の足跡を辿るかのようで、ケンにとっても有意義だった。

「ここが、冴子の行った小学校だ」

案内された小学校はコンクリートの4階建ての建物で、どこにでもあるような外観だった。

「冴子が入る直前に建てられたものでな、その頃はここいらで4階建ての建物などなかったから、ものめずらしさで大勢の人が見にきたもんだ」

母冴子が小学生のころと言えば、それほど昔の話でもないのだが、ここいらの田舎ではまだ珍しかったのだう。

祖父は校門の前に立って懐かしそうに校舎のほうに目をやった。

「冴子は一人娘だったから、小学校に行っていじめられないかそれはそれは心配でな。あの子は知らないだろうが、私はよく学校をのぞきに行ったもんだ」

祖父はケンに背中を向けていた。

顔を見られたくはなかったのだろう。

「母さんはどんな子だった?勉強はできたの?」

祖父は背を向けたままで言った。

声が震えているのがわかった。

「ああ、自慢の娘でな。勉強も運動もよくできた。頑張り屋で人の見ていないところで努力するような子だった」

「いい子だったんだね」

「ああ、いい子だった。ずっと手元においておきたいと本気で思っとった」

おじいちゃん、ごめんね。

おじいちゃんの大切な子供だったんだよね。

ケンは祖父の隣に立ち、黙って祖父の手を握った。

祖父は一瞬驚いたようだったが、ケンの手を握り返した。

校舎の中から、少女だった母がランドセルを背負った姿で飛び出してくるような、そんな気がしていた。
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