無垢な瞳
アキと幸を乗せた車は八甲田のほうに向かっていた。

「あんた、本当によかったの、ケン君に会わなくて」

幸ははじめての雪道を慎重すぎるほどにゆっくりと運転しながら言った。

「いいの。言いたいことは全部あのおじいさんに言ったから」

山道を少し登り始めた頃から雪の量が明らかに多くなっている。

「あのじいさんも結局話の分かる人でよかったじゃん」

幸は前のめりになりながらハンドルを握っている。

「そうだね」



袴田はアキたちを「もう少しでケンが帰ってくるから」と言って引き止めた。

が、アキは頑なにその申し出を断った。

替わりに、袴田にケン宛の手紙を託してきた。




「それにしても母さん、カッコよかったよね」

アキは助手席のシートを少し倒して天井を見ながら言った。

山道が多いので、オートマといってもギアに手をかけなくては運転ができない。

「あんた、この危機的状況で、よくシートを倒す気になるわよね」

初めての雪道運転で幸の緊張はピークに達していた。

幸はヒステリックに声を荒げている。

「だってわかってるもの。母さんはいざというとき必ず私を守ってくれるってこと」

アキは動じることなく、シートに身を倒したまま目を閉じていた。

迫り来る八甲田の荘厳さに、アキは心が解き放たれるような、そんな気がしていた。



まもなく幸の緊張は温泉と日本酒のおかげでほぐれることとなる。
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