無垢な瞳
コウは、僕が音楽室で弾いて聞かせた曲を、すっかり自分のものにしてしまったらしく、やむことなく弾き続けていた。

僕は垣根越しに、コウのピアノに聞き入っていた。



「あの、何かうちにご用ですか?」

買い物かごを下げた女の人が僕に話しかけてきた。

「いえ、すみません。別にのぞいたわけじゃなくって‥‥」

僕は咄嗟のことで取り乱して言い訳をした。

「あの‥‥ピアノの音が聞こえたから‥‥」



ピアノの音が止んだ。

コウは僕たちのやり取りに気づいたようで、縁側に立ってこちらを見ている。

「コウ、ただいま!」

女の人はコウの母親らしかった。

コウのほうを向いてやさしく手を振る。
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