無垢な瞳
古い小さな平屋の家屋。

ケンは台所に面した6畳ほどの和室に通された。

外側から見ていて、コウがピアノを弾いていた部屋だ。

縁側から風が通り抜ける。

夏の暑さがまだ残る秋の夕べに心地よい。

コウの母は冷たい麦茶を勧めながら言った。

「コウにお客様が来るなんて初めてだわ」

僕はなんて答えたらいいのかわからず、落ち着かない気持ちでいた。

「あっ、自己紹介しないとね。私、コウの母親よ。よろしくね」

「あ、六年一組のケンです。‥‥コウ君とは音楽室で会って‥‥」

僕はなぜだかしどろもどろになる。

「沢村先生からちょこっと聞いてたわ。コウのピアノの先生なんでしょ?」

「いや、そんなんじゃ‥‥」

ケンは少し頬を赤らめた。

ピアノの先生というのはほめすぎだ。

僕は単にピアノを弾いているだけにすぎない。

「ありがとうね。ピアノの先生だってコウにピアノを教えられないのに」

コウの母親は苦笑いする。

「ケンくん、ピアノ弾きます」

コウはぼくの袖を引っ張った。

どうしてもピアノを弾いてほしいらしい。

「あのう、ペンと紙を貸してください」

僕は母親が持ってきた画用紙に、「○今日は『乙女の祈り』を弾きます」と大きく書いた。

そしてピアノに向かった。
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