水平線の彼方に( 上 )
Act.5 ガジュマル
ノハラの仕事は、観葉植物をオフィスにレンタルしたり、花屋に卸したりするものだった。
近頃はミニ観葉植物を育てる人も多く、ネット販売もしているらしい。

「主にガジュマルって植物を扱ってるけど、これが意外に儲かるんだ」

自慢げに言った。

「私、観葉植物ってよく分からないけど、沖縄で学んだのは、そのガジュマルのこと?」
「まぁな」
「ふぅん…意外……」

子供の頃しか知らないから、妙な感じだった。
ノハラにそう話すと、一度、仕事を見に来たらいいと言われた。

「バイトの時間短いんだろ?暇持て余してるようなら遊びに来いよ。ついでに観葉のこと、いろいろ教えてやるよ」


見透かされているようだった。

確かに一日四時間の仕事では、暇ばかりを持て余す。

そして、その暇な時間が、一番厚のことを思い出す…。

早く忘れたいと思っているのに、忘れられずにいるのは、過去ばかりを引きずって生活しているからだ。


「どっちにしたって、スピーチの内容も考えないといけないしな」

ノハラの言葉に、現実を思い出した。

(そうだった…!)

「ノハラ頼むね。私、絶対上がっちゃうと思うから」

引き受けたけど、上手く喋れる自信はまるで無い。お喋りなノハラに、全面的に頼るつもりでいた。

「お前な……少しは自分でも話せよ。その為にオレが付くんだから」

呆れるノハラに送ってもらいながら、週二回、スピーチについて話そうという事になった。

「打ち合わせは「とんぼ」でやろうぜ。お前あんまり飲めねーかもしれないけど、こういうのって、飲みながらやった方がいいものができるし」

以前はそんなに弱くなかったと言い返したくても、それは言えない状況だった。
何より、厚のことを考えずに済む時間が持てることは、私にとっては有り難い。


ノハラは私を家まで送り、じゃあな!と来た道を帰りだした。
その背中を見送りながら、ふと気がついたことがある。

ノハラの家は「とんぼ」を挟んだ反対側の地区だ。
それなのに、酔って足元のフラついてる私を心配して、わざわざ送ってくれた。

(なんか…意外に優しいとこあるんだ……)


十二年という年月は、私たちを大人にさせたらしい。
お喋りで、私をからかってばかりいたノハラは紳士になったし、砂緒里と平井君も結婚する…。

(私は………)

終わってしまった恋に、いつまでも縛られている…。

思い出したくない過去は、次々と浮かび上がり、苦しい程、胸を締め付けたーーー。

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