水平線の彼方に( 上 )
四日後の夜、私はノハラと約束していた時間に「とんぼ」へ行った。
ノハラは既に来ていて、カウンターで店長と話をしていた。

「今日は歩いて来たろうな」

確認するノハラに当たり前でしょと答え、椅子に座った。
奥さんからおしぼりを受け取り、手を拭いていると、早くも目の前に一杯置かれた。

「何これ?」

初めて嗅ぐ香りだった。
サワードリンクような、白い液体の正体は明かされず、とにかく一口飲んでみろと言う。
まるで毒味のように思いながら、恐る恐る手に取った。

グラスの中には、細かな泡が立っている。芋や蕎麦みたいな焼酎とは違う、上品なお酒の香り。
一体、どんな味なのだろうと、ゆっくり口をつけた…。

「…これ…何のチューハイ?」

飲んだ感覚は紛れもなくチューハイに似ていた。でも、ベースが分からない。

「それ、泡盛の牛乳割り」

ロックのグラスを手に教えられた。

「泡盛⁈ へぇー… 泡盛って牛乳で割るとこんな味になるの⁈ 意外に飲み易いね」

ゴクゴクとジュース感覚で飲んでしまった。

「バカ!そんな飲み方してたら、すぐ酔っ払うぞ!お前、ここに何しに来たんだよ⁉︎ 」

ノハラが慌てた。

「何しに…って、スピーチ考えに来たに決まってるじゃない…」

ほぼ一気飲みしたからか、少し頭がふわついている。
いつもは無表情でニコリともしない奴が、ニヤついてるせいか、ノハラは呆れるように言った。

「もう酔ってんな…」
「酔ってないよ。ただちょっと気分はいいけど…」

へらへらしながら言っても説得力はないらしい。
軽く溜め息をつかれた。

「お前って奴は…酒飲むと元に戻るんだな」

意味の分からない言葉に首を捻った。
ノハラはそんな私に構わず、こう続けた。

「オレは、かしこまったスピーチより笑えるスピーチをやりたんだけど、花穂はどう思う?」

真面目に考えてたんだと、少し意外だった。

「私は…話す言葉が少なければ、何でもOK!」

何も考えられなくて、それだけは言った。
後から聞いた話では、泡盛のアルコール度数は四十度位あるらしく、それを牛乳と炭酸で割ってたにしても、一気に飲めば、酔って当たり前だった。

「お前は陽介と津村の思い出話をサラッと語っとけばいいよ。後はオレがまとめる」
「うん…頼むね」

完全に頼りきってる。メインは自分だというのをすっかり忘れていた…。

「じゃあ次までに、思い出幾つか考えて来いよ、メモるなり何なりして…って、おいっ、花穂!」

テーブルに伏せた私を、ノハラが揺すった。

「ごめん…ちょっと寝かせて……」

気持ちよくて呟いた。

その時は、身体がポカポカして、とにかく眠かった。

けど……
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