水平線の彼方に( 上 )
「いらっしゃませ」

いつもの無表情。でも、心の中は焦っている…。

「酔いは冷めたのか?」

開口一番それ聞かれた。

「うん…お陰様で。昨夜はどうも…ご迷惑をおかけしたみたいで…すみません…」

ぼそぼそ小声で謝る。ノハラにはそれが何故か、理由が分かってないみたいで…。

「ああ、こっちこそ悪かったな。酒弱いのに度が強過ぎた。次から気を付けるわ」

大きな声で喋り、いつものようにタバコのナンバーを言った。
バイト仲間の視線を痛く感じながら、棚からタバコを取り、カウンターに置いて一言付け足し。

「私…前はここまで、お酒弱くなかったんだけど…」

聞き漏らしても良かった小さな呟きを、ノハラは逃さず応えた。

「そりゃ多分、酔わない物を飲まされてたんだ。いろいろあるからな、酒ってやつは」

タバコを受け取り、帰ろうとする。

「ちょっと…ノハラ…!」

呼び止めて、意味が聞きたかったのに、振り向いた彼は違うことを言った。

「次は土曜な!今度は酔っ払うなよ!」

肝心なことが聞けず、尻切れとんぼになった。
残念そうに背中を見送ってたからか、バイト仲間に突つかれた。

「土曜日、デートですか?」

ニコニコして楽しそう。

(それならもっと、気分弾んでるよ…)

相手するのもアホらしくて、はっ…と息を吐いた。
ノハラの言った、「酔わない物を飲まされてた」の意味は、何となく理解できる。

厚はきっと…私に薄めたお酒を飲ませてたんだ…。
それを知らないでいた私は、ずっと、自分がお酒に強いと勘違いしていた…。

(そう言えば、ビールなんて、外では飲ませてもらえなかった…)

どんな時も、お酒は厚が頼んでくれた。
自分の方が、酒には詳しいからと言って…。

(バカだ私……お酒の上でも騙されてたんじゃない……)


後になって知る事実は、嫌になる程、胸を傷ませる。

何も知らずいたあの頃、どんなに盲目だったのかを、指し示すようにーーー
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