水平線の彼方に( 上 )
「…その話の何が面白いんだ?ただの感動秘話じゃねーか」

ノハラはつまらなさそうだった。

「違うのよ!その話には続きがあって、実は犬の名前が可笑しかったの!」
「犬の名前⁈ …なんだよ」
「ヨースケ」

目が点になった。

「…それ、陽介と同じじゃねーか」

何が面白いんだと言いたそう。

「そうよ。平井君の名前から付けられたの。拾い主だから…って。でもね…」

当時を振り返っても可笑しくなる。ついクスクスと笑いが出た。

「その犬、実はメスだったの!なのに男の子の名前付けられて。犬の性別を後で知って、私達、可笑しくて…。何よりそれ聞いた時の平井君の顔ったらもう、ショックすごい受けてて…!」

ポカンと、口が開いたままだった。
その場では笑いたくても笑えなかったから、すごく我慢したのを覚えている。

「その時の平井君の顔、見せたかったなー」

残念そうに言うと、ノハラも想像したらしい。少しずつ笑いを噛み締めだした。

「その犬ね、何度か子犬を産んだの。その度に平井君、必死でオスに自分の名前付けてた」
「プッ…!」

さすがに可笑しくなったらしい。とうとう吹き出した。

「腹いせかよ!あの陽介が…!」
「そうなのよ!だから近所に、やたら『ヨースケ』って名前の犬が多くて…」

余程可笑しかったのか、お腹抱えて笑い出した。その様子を見て、私まで笑えた。

「……ねっ、面白いでしょ?その話」

ひとしきり笑って聞いた。
ノハラは深呼吸しながら、大きく頷いた。

「花穂が普通に笑えるなら、周りも笑える。きっと!」
「…えっ?」
「気づいてなかったのかよ…お前、今笑ってただろ⁈ 」

言われてそうだと気づいた。
声を出して笑うなんて、この最近、全く出来なかったのに…。

(なんで…)

懐かしい思い出話に、確かに気持ちが華やいだ。いつも思い出す事では、笑えもしないのに……。

「陽介の方はいいとして、津村は?何か面白いネタあるか?」

切り替えの早いノハラに、ハッとした。

「砂緒里⁈ 砂緒里はね…」

思い出話を語りながら、いつもとは違う気持ちが心の中に蘇った。

あの頃の私は、確かに今よりももっと明るくて、笑い上戸だった…。

可笑しくもない事を一人で考えては、クスクス笑うような、そんな子供だった……。
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