水平線の彼方に( 上 )
Act.6 三つの約束
砂緒里達の結婚式までに、私はノハラと六回の打ち合わせと練習を繰り返した。
さすがに二度も酔い潰れてしまったから、ノハラは「とんぼ」で、コップ一杯のビール以外は飲ませてくれなかった。

「きちんと食べてれば、少しくらい飲んでも大丈夫だってば…!」

何度か直訴したけど、受け入れてはもらえなかった。

「飲んでも寝るような奴は、飲まねーに限る!」

睡眠薬じゃねーんだぞ!と、厳しい一言も貰った…。

(ちぇっ。ケチ…)


口に出すと怒られそうで、言わなかったけど、お酒を飲んで眠った時が一番熟睡できていた。
それを見透かされていたようで、何だかつまらなかった…。


「今日は飲んでもいいぞ」

お許しが出たのは練習の最終日。結婚式の前日だった。

「飲みたくても飲めないよ。バイクで来たから…」

今頃になって…と、恨んだ。
明日は早朝から美容院の予約が入っていて、練習は程々でやめるつもりだった。

「もっと早く教えてくれれば、歩いて来たのに…」

今更何よ…と呟く私を、店長の奥さんが笑った。

「明日が本番なんて早いわよねぇ。私、毎回二人の練習楽しみにしていたのに、もう聞けなくなるかと思うと寂しいわー」

お笑いコンビのようだったと、店長と二人して喋っている。こっちは毎回必死だったのに…。

「オレはともかく、お前は読み間違えんなよ」

原稿も忘れて来んなよと余計な一言。

「大丈夫!こう見えて準備は早いんだから!」

原稿はコピーしてバッグの中に入れている。今日持って来たのは、練習用のやつ。

「ふーん…そんな所は相変わらずなんだ…」

中学時代の宿題と同じ感覚なんだろうって、きっと思っている。確かにそうだけど。

毎回、練習前に飲むコップ一杯のビールは、アルコールの効きが早くて、あっという間に気分を明るくさせてくれた。
だから読むのを失敗しても、すんなり笑ってごまかせていた。
でも、今日は……

「飲まねーと暗いな…」

ノハラの声に振り向いた。

「花穂は酒飲まねーと笑いもしねー」

仕方ない様に言われた。

「あ…当たり前でしょ!居酒屋でお酒飲まないなんて、つまらないから…」

ホントは別に理由があるのを、ノハラは気づいていたのかもしれない。
言い訳する私の顔を見て、知らんぷりした。

「まぁ、酒に頼らなくても、そのうち元に戻るか…」

知った様な口ぶりだった。
ノハラ自身にも、同じような体験があったのかと、ふと思った瞬間だった。

(だから同窓会でも「飲め飲め」言ったのかも…)

考えてみれば、あの同窓会から約二ヶ月。厚と別れて、三ヶ月以上にもなる…。

(そんなに経つのか…)

この一ヶ月近く、スピーチの練習とお酒に関するゴタゴタとで、あまり考えずに済んでいた。
でも、本番が終わったら、また以前のように考えてしまうかもしれない……。

(嫌だな…できれば考えたくない…)

あの虚しくて、キリキリと胸が痛む日々を、できるだけ思い出したくはなかった…。

「花穂、ラストの練習始めるぞ!」

マイクを持ち、ノハラが呼んだ。

「うん…」

重石のような身体を椅子から離し、私は今までにない暗い表情で、ゆっくりと語りだした…。
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