水平線の彼方に( 上 )
「明日な!気楽にやろうぜ!」

店を出ると、ノハラはいつもの調子で明るく言った。

「うん…じゃあね」

バイクに鍵を差し込み、エンジンを蒸す。軽く手を上げながらノハラの前を走り出した。
暗く淀んだ気持ちで運転するバイクは、エンジン音すら物悲しいものがある。
啜り泣く声のような気持ちすらして、ついぼんやりしてしまった。

(アッ!)

目の前を、一台の車がすり抜けた。

(危なっ!)

咄嗟にハンドルを切ったせいで、車体が傾いた。
思った以上に身体が傾斜して、支えきれなくなって倒れた……。

ガシャン…‼︎

大きな金属音が聞こえた。
驚いて顔を上げると、トラックの横腹に突っ込んだ格好で、乗用車が衝突している。
前をすり抜けた乗用車のフロント部分は潰れ、ガラスや破片が辺りに飛び散っている。
トラックの運転手は何が起きたか分からず、茫然としたまま、運転席から後ろを覗いていた…。

ゾッとするような光景の中、私は倒れた格好のまま、動けなくなった…。

下手をすると、今あの車にぶつかっていたのは自分の方だったかもしれない。
飛ばされて、破片のように転がり落ちていたのは、私自身だったかもしれない…。

漠然とした恐怖みたいなものに襲われて、身体を動かすのを忘れていたーー。

「警察と救急車、呼びましたっ!」

誰かの声が聞こえた。
大きな物音に、周辺の人が集まりだしていた。

(う…動かなきゃ…)

震える手を伸ばして、バイクのエンジンを切った。
立ち上がり、起こさないといけないのは分かっている。でも、思うように身体が動かなかった…。

酔ってもいないのに、まるで手足に力が入らない…。

(どうしよう…)

心細くなってきた。
どうしたらいいか分からず、辺りを見回した…。

(誰か…助けて…)

焦っている頭の中に、厚が思い浮かんだ。それくらい、気が動転していた…。


「花穂っ!」

呼ぶ声にビックリして振り向いた。


「………ノハラ…」

走って来る姿に、目を瞬かせた。

「…大丈夫か⁈ 」

走り込み、側に来てしゃがむ。その姿を茫然と見つめた。

「帰ってたら、大きな音が聞こえたから様子見に来た。…怪我ないか⁈」

心配そうに覗き込む。
その姿に、涙が出そうになった…。
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