水平線の彼方に( 上 )
季節の花々は、店の中へに誘うように並べてあった。
奥へ行く程、高価なバラや蘭があり、それらが狭い店の中で競うように咲き誇っている。
(綺麗には綺麗なんだけど…)
フラワーアレンジメントに興味があったから、花の名前はあれこれ覚えていた。
厚と暮らしていた頃、食卓や玄関に花を飾っていたし、その飾り方も上手いと、よく褒められた…。
(嫌なこと思い出しちゃった…)
気持ちが荒む。綺麗な花を見て、嫌な気分になるのは私くらいのものだろう。
(ノハラ…早く来ないかな…)
キョロキョロと辺りを見回していると、店内から客らしき女性と、黒いエプロンを身に付けた男性が出て来た。
男性は女性にお礼を言い、頭を下げ見送っている。振り返ると私に気づき、軽く会釈をした。
カッ…と顔が赤くなるのが分かり、慌てて俯いた。すると、男性はあっ…と小さな声を出し、近づいて来た。
「…君…もしかして、岩月花穂さん…?」
急に名前を呼ばれ、ドキン!と胸が鳴った。緊張して、肩にすごく力が入った。
「は…はい…そうです……」
チラッと顔を確認して、直ぐに目線を下げた。パッと見た感じ、とても優しそうな人だった。
「今日、真悟が連れて来るって言ってたから、もしかしてそうかなと思って…。僕がそこの花屋で店主をしている佐野昌弥です。よろしく花穂ちゃん」
「よ…よろしくお願いします…」
初対面の人に、いきなりちゃん付けで呼ばれるなんてパニくる。ただでさえ、上がり症でものが言えなくなるのに、余計に戸惑った。
「真悟から君はすごい上がり症だって聞いてたけど、その通りだね」
小さく笑われた。それでますます顔が赤くなった。
「それで…真悟は?」
聞かれて困った。あたふたと周囲を見回していると、軽トラがやって来た。
「すいません、佐野さん、遅れて…」
慌てたように下りて来る。
立ち尽くしている私に気づき、ニッと笑った。
「早かったじゃん!」
こっちの気も知らずに呑気なものだ。自分から誘っといてその台詞はないだろう。
「自己紹介済みました?」
「とっくにね!」
佐野さんは、微笑んで私を見た。
「どうですか、コイツ。働けそうですか?」
親指で私を指す。まるで保護者みたいだ。
「うん…もっと喋れなくなる程かと思ったけど、一応返事は返って来たし、慣れれば何とかなると思う…。後は、花穂ちゃん次第だけど…」
二人の視線がこっちを向き、ギクッとなった。
ついオドオドとして口をつぐんだ…。
「花穂、佐野さん雇ってくれるそうだぞ!お前どうする?」
早く決めろとばかりにせっつく。
考えてる余裕すら私には与えず、早く答えろといった感じだ。
「よ、よろしくお願いします…」
心とは裏腹な言葉になった。
佐野さんはほんの少し笑って、頷いてくれた。
「じゃあ早速だけど、明日から来てくれる?今バイトしてるそうだから、それが済んでからでいいよ。細かい事はまた明日、会って決めよう」
店先にお客さんが来て、佐野さんは慌てて接客に戻った。
その様子を見ていると、ノハラが私の方を向いて言った。
「良かったじゃねーか、決まって。佐野さんならきっとお前を雇ってくれると思ってたよ!しっかり働けな!」
「…働くよ!言われなくても…」
安心したのと、腹立たしいのとが混じって言い返した。
こんな風に言えるのは、今も昔もノハラ一人だ。
奥へ行く程、高価なバラや蘭があり、それらが狭い店の中で競うように咲き誇っている。
(綺麗には綺麗なんだけど…)
フラワーアレンジメントに興味があったから、花の名前はあれこれ覚えていた。
厚と暮らしていた頃、食卓や玄関に花を飾っていたし、その飾り方も上手いと、よく褒められた…。
(嫌なこと思い出しちゃった…)
気持ちが荒む。綺麗な花を見て、嫌な気分になるのは私くらいのものだろう。
(ノハラ…早く来ないかな…)
キョロキョロと辺りを見回していると、店内から客らしき女性と、黒いエプロンを身に付けた男性が出て来た。
男性は女性にお礼を言い、頭を下げ見送っている。振り返ると私に気づき、軽く会釈をした。
カッ…と顔が赤くなるのが分かり、慌てて俯いた。すると、男性はあっ…と小さな声を出し、近づいて来た。
「…君…もしかして、岩月花穂さん…?」
急に名前を呼ばれ、ドキン!と胸が鳴った。緊張して、肩にすごく力が入った。
「は…はい…そうです……」
チラッと顔を確認して、直ぐに目線を下げた。パッと見た感じ、とても優しそうな人だった。
「今日、真悟が連れて来るって言ってたから、もしかしてそうかなと思って…。僕がそこの花屋で店主をしている佐野昌弥です。よろしく花穂ちゃん」
「よ…よろしくお願いします…」
初対面の人に、いきなりちゃん付けで呼ばれるなんてパニくる。ただでさえ、上がり症でものが言えなくなるのに、余計に戸惑った。
「真悟から君はすごい上がり症だって聞いてたけど、その通りだね」
小さく笑われた。それでますます顔が赤くなった。
「それで…真悟は?」
聞かれて困った。あたふたと周囲を見回していると、軽トラがやって来た。
「すいません、佐野さん、遅れて…」
慌てたように下りて来る。
立ち尽くしている私に気づき、ニッと笑った。
「早かったじゃん!」
こっちの気も知らずに呑気なものだ。自分から誘っといてその台詞はないだろう。
「自己紹介済みました?」
「とっくにね!」
佐野さんは、微笑んで私を見た。
「どうですか、コイツ。働けそうですか?」
親指で私を指す。まるで保護者みたいだ。
「うん…もっと喋れなくなる程かと思ったけど、一応返事は返って来たし、慣れれば何とかなると思う…。後は、花穂ちゃん次第だけど…」
二人の視線がこっちを向き、ギクッとなった。
ついオドオドとして口をつぐんだ…。
「花穂、佐野さん雇ってくれるそうだぞ!お前どうする?」
早く決めろとばかりにせっつく。
考えてる余裕すら私には与えず、早く答えろといった感じだ。
「よ、よろしくお願いします…」
心とは裏腹な言葉になった。
佐野さんはほんの少し笑って、頷いてくれた。
「じゃあ早速だけど、明日から来てくれる?今バイトしてるそうだから、それが済んでからでいいよ。細かい事はまた明日、会って決めよう」
店先にお客さんが来て、佐野さんは慌てて接客に戻った。
その様子を見ていると、ノハラが私の方を向いて言った。
「良かったじゃねーか、決まって。佐野さんならきっとお前を雇ってくれると思ってたよ!しっかり働けな!」
「…働くよ!言われなくても…」
安心したのと、腹立たしいのとが混じって言い返した。
こんな風に言えるのは、今も昔もノハラ一人だ。