水平線の彼方に( 上 )
「じゃあ、オレ配達の途中だから帰るわ…またな!」

言うだけ言って帰って行く。
呆れるような素早さに、ポカンと口が開いた。

(私も帰ろ…)

接客中の佐野さんに頭を下げ、バイクの置いてある方へ歩き出す。すると、後ろから佐野さんが追いかけて来て、ミニブーケを手渡された。

「これ今日の記念。明日からよろしく頼むね」

眼鏡をかけている顔が笑った。
男性から花を受け取るなんて久しぶり。暗くなりかけてた心の中が、ほんの少し明るくなった。

「こ、こちらこそ…よろしくお願いします…。ありがとうございます…」

ドキドキしながらブーケを見つめた。
赤や黄色、オレンジでまとめられた花束は、どことなく元気と勇気をくれそうだった。

「じゃあ気をつけて!」

どこまでもフェミニスト。さすが花屋の店主だ。

(ノハラも見習えばいいのに…)

佐野さんを見ながら、変に比較している自分に気づいた。
ノハラと出会ったからこそ、仕事にも辿り着いたのだと思い返し、少しだけ反省した。


家に帰り、グラスに差したブーケをガジュマルの隣に飾った。華やかで明るい色のブーケは、まるでガジュマルを押し退けるような存在感があった。

(そう言えば佐野さんって、このブーケみたい…)

ぱぁと明るく、華やかなイメージ。
人を惹きつけるような魅力があり、何処となく、厚に似ている…。

ハッ…!

(やめやめ!あの人のことは考えないっ!)

折角、開き始めた道が塞がる気がした。
ブーケから視線を逸らし、隣に置いてあるガジュマルに目を向けた。

「そう言えばノハラにお礼言ってなかった…」

すっかりどうでも良くなっていたけど、メアドも聞いていない。

(だからと言って、家電にはかけられないし…)

卒業アルバムには自宅の電話番号が載っている。でも、私にはハードルが高すぎる。

(仕方ない…今度こそ、会ったら聞こう!」

そう決めて、暫し並んだ花とガジュマルを見比べた。

どちらも自分を主張し譲らない。

送り主の顔を思い浮かべて、少し、笑いが出た……。
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