水平線の彼方に( 上 )
次の日、佐野さんのお店に顔を出すと、早速曜日と時間を決められた。
「花穂ちゃんが今のバイトを続けながら、この仕事に慣れた方がいいと思うから、まずは週四日。日によって三時間から四時間勤務して貰いたいんだけど、それでいい?」
「は…はい。構いません…」
花の扱いも接客も、自信のない私には丁度いい。
佐野さんに履歴書を手渡し、一番最初に指示された仕事は、空になった花バケツの水の処理。
花屋では、毎日相当量の水を使う。真夏なら毎日水を捨て替える所だが、今の時期は二度使いするとの事で、大きなゴミバケツに水を返していった。
想像以上に手の荒れそうな仕事に、楽そうに見えて、実はそうじゃなかったんだ…と、新ためて思い知らされた。
たった三時間程度しか手伝わなかったのに、指先はふやけ、赤くなっている。
それを見た佐野さんが、こうアドバイスしてくれた。
「毎晩、ハンドクリーム塗った方がいいよ。それと、必要ならゴム手袋使うこと。薄くて手に密着するタイプなら花も扱いやすいよ」
自分は何年もこの仕事をしているから、すっかり水に慣れたと言い、笑っていた。羨ましい話に、自分も早く慣れたいと思った…。
一日分の仕事を終え、駅の薬局でハンドクリームを買う。
このままノハラの家に行き、お礼を言っておこうと思い立った。
バイクを走らせ、「とんぼ」の前をすり抜けてしばらく行くと、何度か見かけた景色が目に入ってきた。
塀代わりの垣根はきれいに剪定されている。道端に停まっている軽トラが、今日はいることを教えてくれた。
(仕事中ならいいんだけど…)
心配しながらバイクを停め、垣根を横切った。
きれいに掃除された庭先で、紫陽花を切っている人を見かけ、挨拶した。
「こ…こんにちは…」
緊張した声に振り向いた人は、どうやらノハラのおばあちゃんらしかった。
「おや…こんにちは」
手に持っていたハサミを置き、近寄って来る。
「どなたさん?」
目元が何となくノハラに似ている。初めて会ったのに、初対面という気がしなかった。
「…ノハ…石坂君の中学の同級生で、岩月と言います。初めまして…」
照れながら頭を下げた。顔を上げると、おばあちゃんは、手を叩いて言った。
「ああ!真ちゃんの彼女だね!」
思いついたような言葉は、私をギョッとさせた。
「えっ⁉︎ いえ…ちが…」
「真ちゃんなら温室だよ。行ってごらん」
話も聞かず、奥を指差された。
彼女じゃないと言いたいけれど、それを言えるような雰囲気でもない…。
(もう…いいか…)
諦めて頭を下げ、前を通り過ぎた。
背中に痛いような視線を感じつつ、温室の戸を開けた。
「花穂ちゃんが今のバイトを続けながら、この仕事に慣れた方がいいと思うから、まずは週四日。日によって三時間から四時間勤務して貰いたいんだけど、それでいい?」
「は…はい。構いません…」
花の扱いも接客も、自信のない私には丁度いい。
佐野さんに履歴書を手渡し、一番最初に指示された仕事は、空になった花バケツの水の処理。
花屋では、毎日相当量の水を使う。真夏なら毎日水を捨て替える所だが、今の時期は二度使いするとの事で、大きなゴミバケツに水を返していった。
想像以上に手の荒れそうな仕事に、楽そうに見えて、実はそうじゃなかったんだ…と、新ためて思い知らされた。
たった三時間程度しか手伝わなかったのに、指先はふやけ、赤くなっている。
それを見た佐野さんが、こうアドバイスしてくれた。
「毎晩、ハンドクリーム塗った方がいいよ。それと、必要ならゴム手袋使うこと。薄くて手に密着するタイプなら花も扱いやすいよ」
自分は何年もこの仕事をしているから、すっかり水に慣れたと言い、笑っていた。羨ましい話に、自分も早く慣れたいと思った…。
一日分の仕事を終え、駅の薬局でハンドクリームを買う。
このままノハラの家に行き、お礼を言っておこうと思い立った。
バイクを走らせ、「とんぼ」の前をすり抜けてしばらく行くと、何度か見かけた景色が目に入ってきた。
塀代わりの垣根はきれいに剪定されている。道端に停まっている軽トラが、今日はいることを教えてくれた。
(仕事中ならいいんだけど…)
心配しながらバイクを停め、垣根を横切った。
きれいに掃除された庭先で、紫陽花を切っている人を見かけ、挨拶した。
「こ…こんにちは…」
緊張した声に振り向いた人は、どうやらノハラのおばあちゃんらしかった。
「おや…こんにちは」
手に持っていたハサミを置き、近寄って来る。
「どなたさん?」
目元が何となくノハラに似ている。初めて会ったのに、初対面という気がしなかった。
「…ノハ…石坂君の中学の同級生で、岩月と言います。初めまして…」
照れながら頭を下げた。顔を上げると、おばあちゃんは、手を叩いて言った。
「ああ!真ちゃんの彼女だね!」
思いついたような言葉は、私をギョッとさせた。
「えっ⁉︎ いえ…ちが…」
「真ちゃんなら温室だよ。行ってごらん」
話も聞かず、奥を指差された。
彼女じゃないと言いたいけれど、それを言えるような雰囲気でもない…。
(もう…いいか…)
諦めて頭を下げ、前を通り過ぎた。
背中に痛いような視線を感じつつ、温室の戸を開けた。