水平線の彼方に( 上 )
「ノハラのおばあちゃん、紫陽花の手入れしてた。…好きなの?庭仕事」
「好きって言うか…あれはもうほぼ仕事だな。手伝うと文句言うし」
その言葉に笑った。自分の祖母を思い出し、懐かしくなった…。
「私のおばあちゃんも生きてた頃、よく庭いじってた。一緒に手伝いもしたし…そう言えば、あの頃の夢って…」
「フラワーアレンジメントの講師になること…」
「……だったよな?」
振り返り、ノハラが聞いた。
「う…うん…そう。よく覚えてるね」
意外だった。誰かに話した事があるとは思っていなかった。
「覚えてるさ。花穂から直接聞いたんだから」
「えっ…いつそんな事喋った⁈ 」
「いつ…って中学の頃。作文の宿題で、自分の夢について書けっていうのがあったろ」
覚えてないのかと聞かれ頷いた。
「オレは記憶力がいいな!」
偉そうに威張っている。きっと書くネタが無くて、私の作文を参考にしようと思ったから覚えていたのだ。
「お前、今もそれなりたいと思ってるなら、佐野さんに習えよ。あの人、免許持ってるぞ」
作業の手を止めずにノハラが言う。
「ホント⁉︎ 」
「ああ。確か前にそう言ってた。花束作ったりするのに必要だから取得した…って」
「へぇー…」
花屋は女性の仕事かと思ってたけど、つくづく違うんだと知らされた。
ノハラの取引先である花屋は、多くが男性店主らしい。
「結構重労働だから、女は続かないことが多いんだって」
だからさっきの質問だったのかと、今度はこっちが納得した。
「花穂すぐ辞めんなよ。折角、口きいてやったんだからな」
余計な事を言う。やっぱりノハラはノハラだ。
「できるだけ頑張る。花は好きだから…」
(扱うのよりも、飾るのが…だけど…)
心の声を隠して外に出た。
庭先ではおばあちゃんが、まだ紫陽花の手入れを続けていた。
「お邪魔しました」
声をかけると、こっちを向いて立ち上がった。
「もう帰るのかい?」
「はい…仕事を紹介してもらったお礼を…言いに来ただけなので…」
失礼しますと頭を下げ、帰ろうとする私に、おばあちゃんは切ったばかりの紫陽花を束にしてくれた。
「持ってお帰り」
「わぁ…こんなに沢山…いいんですか⁈ 」
青やピンクや白…いろんな種類がある。嬉しくて、つい抱きかかえた。
「お花好き?」
「はい!大好きです!ありがとうございます!」
声を上げてお礼を言うと、満足そうな顔をされた。
「あんた、名前は?」
「岩月花穂です…」
「カホちゃんか…よく覚えとくよ…またおいで」
ニコニコするおばあちゃんに頭を下げ、家に帰った。
もらった紫陽花を数本、仏壇の花瓶に差して手を合わせた。
(おばあちゃん…ただいま…)
厚と別れてから、初めて仏壇の前に座った。
家族に内緒で男と暮らしていた自分が恥ずかしくて、ずっと…顔向けできなかった…。
(ご無沙汰していて…ごめんなさい…)
裏切られて、傷心の末に帰って来たことを、ゆっくりと心の中で謝った。
見つめる祖母の遺影は、生きていた頃と変わらず、優しい顔をしていた。
『よく帰って来たね…』
そう言われた気がしてホッとした…。
(……おばあちゃん、私、今日から花屋で働くことになったのよ…)
生きていたら、きっと喜んでくれただろう。
私が花を好きだと知っていて、いつも庭にいろんな花を咲かせてくれた。
(昔持ってた夢に少し近づいたから、頑張ってみるね…だから見守ってて…)
ほんの少しずつだけど、前を向いて生きようとしている。
ノハラと出会ったあの日から、
確実に何かが変わっている様な
気がしていた……。
「好きって言うか…あれはもうほぼ仕事だな。手伝うと文句言うし」
その言葉に笑った。自分の祖母を思い出し、懐かしくなった…。
「私のおばあちゃんも生きてた頃、よく庭いじってた。一緒に手伝いもしたし…そう言えば、あの頃の夢って…」
「フラワーアレンジメントの講師になること…」
「……だったよな?」
振り返り、ノハラが聞いた。
「う…うん…そう。よく覚えてるね」
意外だった。誰かに話した事があるとは思っていなかった。
「覚えてるさ。花穂から直接聞いたんだから」
「えっ…いつそんな事喋った⁈ 」
「いつ…って中学の頃。作文の宿題で、自分の夢について書けっていうのがあったろ」
覚えてないのかと聞かれ頷いた。
「オレは記憶力がいいな!」
偉そうに威張っている。きっと書くネタが無くて、私の作文を参考にしようと思ったから覚えていたのだ。
「お前、今もそれなりたいと思ってるなら、佐野さんに習えよ。あの人、免許持ってるぞ」
作業の手を止めずにノハラが言う。
「ホント⁉︎ 」
「ああ。確か前にそう言ってた。花束作ったりするのに必要だから取得した…って」
「へぇー…」
花屋は女性の仕事かと思ってたけど、つくづく違うんだと知らされた。
ノハラの取引先である花屋は、多くが男性店主らしい。
「結構重労働だから、女は続かないことが多いんだって」
だからさっきの質問だったのかと、今度はこっちが納得した。
「花穂すぐ辞めんなよ。折角、口きいてやったんだからな」
余計な事を言う。やっぱりノハラはノハラだ。
「できるだけ頑張る。花は好きだから…」
(扱うのよりも、飾るのが…だけど…)
心の声を隠して外に出た。
庭先ではおばあちゃんが、まだ紫陽花の手入れを続けていた。
「お邪魔しました」
声をかけると、こっちを向いて立ち上がった。
「もう帰るのかい?」
「はい…仕事を紹介してもらったお礼を…言いに来ただけなので…」
失礼しますと頭を下げ、帰ろうとする私に、おばあちゃんは切ったばかりの紫陽花を束にしてくれた。
「持ってお帰り」
「わぁ…こんなに沢山…いいんですか⁈ 」
青やピンクや白…いろんな種類がある。嬉しくて、つい抱きかかえた。
「お花好き?」
「はい!大好きです!ありがとうございます!」
声を上げてお礼を言うと、満足そうな顔をされた。
「あんた、名前は?」
「岩月花穂です…」
「カホちゃんか…よく覚えとくよ…またおいで」
ニコニコするおばあちゃんに頭を下げ、家に帰った。
もらった紫陽花を数本、仏壇の花瓶に差して手を合わせた。
(おばあちゃん…ただいま…)
厚と別れてから、初めて仏壇の前に座った。
家族に内緒で男と暮らしていた自分が恥ずかしくて、ずっと…顔向けできなかった…。
(ご無沙汰していて…ごめんなさい…)
裏切られて、傷心の末に帰って来たことを、ゆっくりと心の中で謝った。
見つめる祖母の遺影は、生きていた頃と変わらず、優しい顔をしていた。
『よく帰って来たね…』
そう言われた気がしてホッとした…。
(……おばあちゃん、私、今日から花屋で働くことになったのよ…)
生きていたら、きっと喜んでくれただろう。
私が花を好きだと知っていて、いつも庭にいろんな花を咲かせてくれた。
(昔持ってた夢に少し近づいたから、頑張ってみるね…だから見守ってて…)
ほんの少しずつだけど、前を向いて生きようとしている。
ノハラと出会ったあの日から、
確実に何かが変わっている様な
気がしていた……。