水平線の彼方に( 上 )
「さて、これでなんとかなるかしら…」

さっきよりも格段に良くなった温室の状況に、満足したみたいだった。
隙間風にそよぐ植物の葉も、なんだか嬉しそう。
心地良い環境が、あっという間に戻って来た…。

「岩月さん、ごめんね…厄介なこと頼まれて…」

恐縮された。

「いえ…私は何もしてませんから…」

お母さんの言われるまま、やってる事を真似しただけ。殆どの事は、お母さんがした。


「真悟はね…今まで誰の手も借りずに温室の世話をしてきたの…」

沖縄から戻って来た三年前の夏を思い出すように、お母さんが語り始めたーーー


「帰って来るなり、急に温室を作ると言い出して…」

庭の片隅に空いていた土地を、自分で開墾して勝手に作ってしまった。
何を育てるのかと聞くと、観葉植物と言う。
南国じゃないのに…と、反対する家族を押し切って始めた仕事。
上手くいっているのかどうか、今だに明かしていなかった。

「呆れるほど頑固でね…。絶対、中に入れてくれないの。おばあちゃんだけは無遠慮に侵入してるけど、私やお父さんは、足を踏み入れた事もなくて…」

思った以上にきちんと管理されているのを見て、安心したと話していた。

「今日、岩月さんに水遣りを頼んだのも、真悟としては苦肉の策だったのかもしれないわね。あのままじゃ、確実に全滅だったでしょうから…」

たまたま自分が家にいて良かった…と安堵している。
確かに私だけじゃ、ここまで環境は整わなかったと思う…。

「ホント…お母さんがいてくれて良かったです…」

並んだ植物を眺めながら言うと、フフフ…と含み笑いをする。
さっきも聞いた笑いの意味が分からず、首を傾げた。

「今も昔も…貴女だけは信頼してるのね…」

感心したように言う。その口から、思わぬ質問が飛び出した。

「…岩月さんは、沖縄の話を何か聞いてる?」

口元は笑ってる。でも、目は真剣。

(もしかして…お母さんにも話していないの…)

自分と同じ空気。心配かけたくない。だから何も話さない…。

「何も…聞いてないです…」

海難事故のことも、失調のことも、全部、佐野さんからの又聞き。それを軽々しく、お母さんには話せない…。

「そう…残念」

明るく言われた。

「あの子ね、お盆の頃になると決まって様子が変なの。沖縄で何かあったと思うのに、話そうとしないから、こっちも聞けなくて…。機会があったら聞いてみてくれる?貴女になら話すかもしれないわ…」

「……はぁ…」

仕方なく返事した。
何があったか、自分でも気にならない訳じゃない。
でも、それを聞いてしまうと、友人関係が崩れてしまう気がする…。

(だから…やっぱり聞けない…)

二人の関係を、これ以上崩したくなかった。

ノハラの私生活に踏み込んでまで、秘密を手にしたくなかった…。


でも……

もしかしたら、気持ちを共有できるかもしれない…。

私の中にある思いと

彼の抱える過去とが

同じ重さなのだとしたら……。
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