水平線の彼方に( 上 )
翌日、仕事をしながら考えていたのは、ノハラのお母さんが言っていた言葉。

沖縄で何があったのか…自分でも気にならない訳じゃない。
海難事故と失聴の関係も含め、どういうことなのか、実際は聞いてみたい。
観葉植物の仕事を始めた理由も知らないし、謎だらけだ…。

「花穂ちゃん、今日はずっと難しい顔してるね」

花かごを作っている佐野さんの声に振り返ると、目がこっちを向いていた。

「彼氏のことが気になるのは分かるけど、仕事に専念して欲しいな…。そんな顔して店先に立たれると、お客さんが入りづらいよ」

優しい言い方だけど、チェックは厳しい。でも、どこか間違っている…。

「あの…私、彼氏なんていませんけど…」

訂正させてもらう。だって、ノハラは彼氏じゃないもん。

「えっ…⁈ 真悟って、花穂ちゃんの彼氏じゃないの⁈ 」
「はい…単なる同級生です…」

しょっちゅう間違われるけど、普通に友人だと言うと、信じてもらえなかった。

「だって昨日、すごく血相変えて飛んで行ったし、真悟は真悟で仕事のこと相談して来るし…僕はてっきりそういう関係なのかと思ってたけど…なんだ…そうなのか…」

気が抜けたような感じ。
期待に添えなくてごめんなさいといった所だ。

「ごめん…嫌な思いさせたね」
「いえ…そんな事は…」

嫌と言うよりもまたといった感じ。お笑いだの漫才だのから脱出した途端これだから。

「じゃあどうしてそんな浮かない顔を?」

不思議がられた。まさかノハラの事を考えていたとは言えず、黙っていると指摘された。

「やっぱり真悟のこと気にしてたんだ…。いいなぁ、あいつは心配してもらえる人がいて…」

花かご用の花を切りながら佐野さんが羨む。
一見誰とでも仲良くて、彼女も奥さんもいそうな人なのに…。

「佐野さんはいないんですか?心配してくれる人…」

あれこれと思い浮かぶ常連客。どの人も佐野さんのことが大好きだ。

「いないよ。いたら羨んだりしないよ、真悟のこと…」

笑っている。そう言われればそうだけど…。

「花穂ちゃんみたいに親身なってくれる人がいると、僕も心強いんだけどな…」

一人で店を切り盛りしている人とは思えない台詞。そんな一面もあったのか。

「花穂ちゃん…」

名前を呼ばれ振り向いた。

「はい…?」

返事をすると笑顔を向けられた。何だろう?

「……考え事は程々に。仕事中は笑顔でいないと駄目だよ」

一旦間を開けて忠告。隙を突かれた気がして、ドキッとした。

「す…すみません…気をつけます…」

顔が赤くなる。それを隠す為に、急いで仕事に取りかかった……。
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