水平線の彼方に( 上 )
不思議と涙は出てこなかった。代わりに、何度も溜め息をついた…。

(今日を最後に、厚のことは忘れよう…。もう二度と、この話は誰にもしない…)

そう胸に誓って前を向いた。

「私…ショックで何も出来なくなってしまって…睡眠も食事も取れなくなって…仕事にも支障が出てきて、仕方なく実家に戻ったの…だって、あの部屋にいても…もう…彼は戻って来ないんだから……」

何もかも、思い出の全てをゴミに出した。
泣きながら、写真も一枚一枚、手で破り捨てた…。

「実家に戻っても…全然笑えなくて…思い出すと泣いてばかりで…。なのに、うちの家族、何も聞かないの…。それが返って辛くて…息が詰まりそうで…」

思い出した途端、涙ぐんだ。
何よりも、その家族の気遣いが身に沁みた…。

「家にいたくなくて…コンビニでバイトを始めたの…」

優しくしてもらえるような立場じゃなかった…。
素直に甘えていいとは、思えなかった…。

「……無愛想にも意味があったんだな…」

タバコをふかしてノハラが呟いた。

「…そうよ!感情出せなかったの!ノハラに会うまで」


あの雨の日、彼にハグされてから、少しずつ時が動き始めた。
そして今、厚のことを話せるようになったのも、あの再会があったからーーー

「私…ここに帰って来て良かったと思ってる…ノハラに会えて……」



「良かった……」

涙ぐむ景色の中にいる男友達…。
中学の頃とは違う顔も持っていたけど、私の前では、いつもあの時のままだったね……。

「ありがとう……いろいろ…助けてもらった…」

涙が微笑みに変わった。
再会してから今日までの出来事が、走馬灯のように頭を駆け巡った…。

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