水平線の彼方に( 上 )
庭先に菊の花が咲き始めている。おばあちゃんの姿はない。でも、温室には明かりが灯っていた。


「遅くまで大変ね」

中に入り、近づいてから声をかけた。
ノハラの右耳が聞こえないと知ってから、そういった点には配慮していた。

「珍しいな、こんな時間に来るなんて」

足首を固定していた時以来。あれから、暫く、此処へは来なかった。

「元気か?」

「そっちこそ」

変わらない挨拶の仕方。お互いの顔を見て微笑んだ。

「最近、ご無沙汰してたから、どうしているのかと思って来てみた。今日、お店に来たんだってね」

わざと沖縄の話は切り出さない。
ノハラの口から話してくれるだろうと思っているから。

「おう。お前、配達でいなかったな」

頑張ってるな…だって。上から目線。

「頑張ってるよ。そっちは?」
「まあまあ。ぼちぼち」
「何それ」

呆れて笑う。こんなどうでもいい会話しに来たんじゃない。

真剣な顔で植物の手入れを続けている。
その様子を見ながら、今か今かと待っていたけど、一向に話は出てこない。

(なんで黙ってるんだろう…私には内緒なの…?)

イライラしてくる。何も言わない私の視線を気にかけ、ノハラが顔を上げた。

「なんだよ。睨むなよ…」
「に、睨んでなんかないよ!」

思わず言い返す。変なの…と、呟かれた。

(何なのよ、変なのはそっちじゃん…)

このとぼけぶり。
黙っていても、ノハラには伝わらないのかも。

「…ねぇ、何か話すことない⁈ 」

思い出せるきっかけ作る。なのに、返ってきた言葉はーーー

「ないな」

がっくり。これってわざとなの⁈

「ないの⁉︎ ホントに⁉︎」
「ああ。ねーよ」

完全にバカにされてる感じ。
バカバカしくなって、帰り始めた。

「なっ…ちょっ…待てよ!無言で帰るな!」

慌てて駆け寄って来る。
勢いよく肩に置かれた手が力強くて、ドキン!と胸が震えた。
振り返り、ノハラと目が合う。
走り出す鼓動に、お互い、視線を逸らした。
妙な沈黙を避けるかのように、ノハラが手を離す。そして、やっと気づいた。

「そうか!沖縄に行く話、してなかった! 」

すっかり忘れてた…らしい。

「それならそうって言えよ。口下手だな、お前」

昔からだけど…って。余計なお世話。

「ホントに行くんだ…」
「うん…十一月に入ったらな」
「伯母さんに会いに行くの?」
「ああ。それと、萌に」

ドキッ…

「そ…そう」

亡くなった人の名前。ノハラの口から聞きたくない感じ…。

「墓参りして来ようと思う。ずっと、行けてなかったから」
「ふぅん…」

それ以上、言葉が見つからない。
亡くなった人のお墓参りに行ける程、気持ちが前向きになったということは、良い事なのに…。

「墓参りして踏ん切りつけて来ようと思う。一週間程度、行って来るから」
「そう…気をつけて」

前向きな態度のノハラに置いてけぼりされてるよう。気持ちも弾まない…。

「なんだよ、お前、今日変だぞ?」

そう言われて、自分でもおかしいと思った。
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