水平線の彼方に( 上 )
「オレ…中学の頃、花穂が好きだった。同じクラスになって、席が前後になった時から…」

子供の頃の恋の告白。
あの頃の私にとって、ノハラはただのケンカ友達だった…。

「コンビニで働いてる花穂と会った時、まさか帰ってるとは思わなくて驚いた。それで嬉しくて、ついハグしてしまって…。どうしてあんなことしたのか、自分でも謎だったけど、多分お前が、変わってないことが嬉しかったんだと思う…」

悲しみを隠して、とにかく家から出たくて選んだ場所。
そこでまさか、再会するとは思わなかった……。

「今でも、オレ、あの日お前に会えて良かったと思う。萌のことも話せたし…」

腕を握っていた手が離れる。
照れた表情で私を見つめ、懐かしそうに語り始めた…。

「萌は妖精みたいに可愛くて、どこかフワフワした感じの子だった…。出会った頃、まだ十代で、地に足が着いていなくて、危な気でわがままで…。お前とは違って、何事にも積極的でハキハキしていた…」

過去を振り返りながら比較され、少し顔が曇った。
褒めてるんじゃないと言う彼の言葉を耳にしても、どこか気持ちが冴えない。

向きを変え、歩き出すノハラの後を追う。あの鉢の前で止まった彼が、貝殻を一つ取り上げた。

「これな…あの事故のあった年、萌に贈ろうと思ってたやつなんだ…。妖精みたいだった萌が、本当に妖精になってしまった気がして、この樹に通した…」

ガジュマルの樹には、妖精が棲み付く…。
ノハラが言っていた沖縄の民話。

「…萌のことを好きだから大事にしてた訳じゃない。あの時と同じ事を、繰り返さないよう、戒めの為だったんだ…」

クシャ…と貝を潰す。
粉々になった貝殻を目で追い、あのスピーチを思い出していた。


「ケンカしたら直ぐに謝ること…」

意地を張ったばかりに悲しい結果になった。そんな事を誰にも起こして欲しくない…。
きっと、そんな思いがあった…。

「毎年…萌の命日が近づくと、悪夢に襲われてた…。荒れた海の中で、ものも言わない萌を見つけ出して、大きな波をかぶる…。絶対に忘れないで欲しいと、萌に言われてるような気がしてならなかった。でも…」

振り返って私の顔を見る。
真剣な表情で見つめられ、ドキッと胸が震えた…。

「花穂から自分を責めてばかりいたら、いつまでも萌が成仏できないと言われて…忘れないようにさせてたのは、萌じゃなくて、オレ自身だったと気づかされた…だから、もう一度、萌にきちんと会って謝ろうと思った…」

過去を振り切って歩き出すことを、一番不安に思っていたのはノハラだった。
でも、前に進みたかったのも、きっと彼自身…。

「墓の前で、萌に話したよ。面白い奴がいるって…」
「えっ…?」

驚く私を見て微笑む。
その手が、優しく頬に触れた…。

「そいつを好きになってもいいかと聞いた。……萌は…笑って了解してくれたような気がしたよ…」

自分勝手な想像だけど、確かにそんな気がした…。

ノハラの言葉に胸が鳴る…。
安堵の表情には、笑顔が溢れていた…。

「…これでようやく、萌のことを思い出にできる…」

安心したような呟き。
長い間の呪縛が、彼を解き放ったーーー。
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