嘘恋






「香奈?」






あたしの名前を呼ぶ、その声に





懐かしくて、切なくて

涙がでそうになる。







「お前、久しぶりだな!」





いつぶりだろう。
だけどこの声を鮮明に覚えている。







「元気だったか?」



元気だったか、なんて
よくそんなこと言えるよね。






あたしの心配なんて、してなかったくせに。
あたしがどれだけ苦しんだか知らないくせに。




あたしをおいて…消えたくせに。







「離して」





「ん?」





「離してっ」







成瀬の手を思いっきり振り払ってシオンの手を強く握った。






「行こっ」






「…あ、おい」






そして、そのまま足早に歩き出す。



こんなに強くシオンの手を握ってるのに、成瀬に掴まれたあの一瞬の温度が抜けない。






成瀬は追いかけてこない。





…わかってたはずなのに


どうして胸が痛くなるの?



熱くなる瞼の理由は?




なんで…今更現れるの。
どうして、あたしを引き止めたの。





あのまますれ違ってたら懐かしいこんな気持ちにはならなかったのに。



ただの他人になりたかったのに。





遠くに行ってから、一度も連絡してこなかったじゃん。



こっちに来てたなら、あたしに一言くれても良かったじゃん。





何事もなかったかのように
あたしに笑いかけるあんたが





置いて行かれたあたしの気持ちなんて
お構い無しに手を差し伸べるあんたに




いつも、心動かされる。









喉がキリキリして
涙が視界を滲ませる。




あいつのことでもう泣きたくないのに、止まる気配がしない。




「…ーおい、香奈」







「…え?あ…」






はっと気がついて、シオンの手を離した。
だいぶ強く握ってたのか、掌がじんわりと痛い。




「どうしたんだよ」




「…なんでもない」





「んなわけねぇだろ。家いくぞ」







涙が止まらなくて片手で顔を覆い、シオンに手を引かれるまま家に帰る。






この涙の理由は
あたしにも、わからない。






< 115 / 136 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop