嘘恋
「あたしっ…後悔してる」
「…うん」
「成瀬の手を振り払ったこと…後悔してるっ」
いまだに消えない彼の面影。
少し大人になった彼の横顔
短くなった髪の毛。
外見は、出会った頃とはまるで別人なのに
『久しぶりだな!』
あの頃の無邪気さは
あの頃のままなにも変わっていなかった。
許したわけない。
あたしはたくさん苦しんだ。
たくさん後悔して、泣いた夜は数え切れないほど。
成瀬に出会わなかったらこんな思いしなかったのにって何度も思った。
それなのに
どうしても、憎めない。
シオンに心配かけたくなくて
悲しい思いさせたくなくてずっと本心を言えずにいた。
でもね、
ほんとは
彼に引き止められたことが
あたしを人混みから見つけてくれたことが
手を掴まれたことが
ほんとは
嬉しかったの。
どうして振り払っちゃったんだろうって
今更、後悔してるあたしがいる。
「最低な奴だって…いつか会えたらぎゃふんと言ってやろうって、思ってた」
あの時顔を上げられたかったのは
シオンといるところを見られたくなかったから。
成瀬に男の人と歩いているところを
知られたくなかった。
最低だね。
シオンの気持ちを考えないで自分のことしか考えてない。
「あたし…ごめん。シオンのこと好きだよ?好きなのに…っ」
「…うん。もういいよ」
シオンの体温に包まれながら涙を流す。
あたしはなにやってるんだろうね。
元カレのことを忘れられず、
無神経にシオンを愛して
そして今、彼を泣かせてる。
これじゃまるで
成瀬とおんなじだよ…。
「…あいつのこと、まだ好きなんだろ?」
「っ…ううん。ちがう…」
「ちがくねーだろ。もう、ウソつくな。…俺にはうそつくなよ」
シオンの優しい声にまた涙が溢れ出した。
どうしてこんなあたしを大事にしてくれるんだろう。
あなたじゃない誰かを愛していることを
あなたは確信しているのに
どうしてあたしを愛してくれるの。
ウソなんかじゃないよ。
あたしはシオンを愛してる。
……気づきたくない、自分の気持ちに。
愛する人が
他の誰かを思って涙を流しているなんて、
そんなの
そんなこと、あたしがよくわかってることなのに。
だから…シオンには同じ想いさせたくなかったのに。
「…うそなんかじゃっ」
「けど…俺はお前のこと離したくない。離すつもりもない」
まるで、拒むようにあたしを抱きしめるから
あたしはただ、シオンの背中に手を回した。
「…好きだよ。だからそばにいて」
「…うん」