嘘恋
迷路









香奈…







あたしの名前を呼ぶのは






「成瀬…っ!」







手を広げる彼の胸の中に飛び込んだ。

温かい体温に包まれ目を閉じる。







会いたかった。ずっと







「ごめんな、遅くなって」







「ほんと…。ばかっ」







「もう離さない」







そう言って抱きしめ合う。









だけど、次第に彼の体は光とともに消えていって。






暖かかった体温が、温もりが
だんだん薄れていく。








「成瀬?…ねぇ!」






微笑んだまま彼はあたしから離れていってしまうの。






追いかけたいのに、手を伸ばすだけで体が動いてくれない。







動いて…。やだよっ。







いかないでっ!











「…っ」





はっと目を開けると真っ白な天井。


隣にはスウスウと寝息を立てているシオンがいた。




気持ちが悪いほど真っ白で、まだ見慣れないこの部屋。








…夢、だ。






夢…だったんだ。








そっと彼の頬に手を伸ばして、触れる前に手を止めた。














あたし…なに考えてるの?











ここにいるのは成瀬じゃない。




目の前で寝ているのは…シオンだよ?





また重なる面影。







「…っ」









とっさに服に着替えて外にでた。





そして朝焼けの眩しさに目を細める。







目の前で寝ている人を
成瀬だと思って手を伸ばした。






シオンに抱かれながら、彼の胸の中で寝ていたのにあいつのことを思い出すなんて。









しかも、夢だって気づいたとき
悲しくなったのはどうして?









こんなキレイな太陽は





あたしには…眩しすぎる。












家に帰ることが出来なかったあたしは
そのまま遊び歩いた。








うわべの友達ならたくさんいたし、暇つぶしはいくらでもできた。









気がつくと携帯にはたくさんの着信とメールが届いている。






…ごめんね。






そう、心で呟いて携帯の電源を切る。






暗闇の中をふらふらと一人歩く。






呑んだせいか、頭もクラクラするし視界もぼやけている。









ひと気のない路地裏の電柱に照らされ壁にもたれかかり、ため息を漏らした。









…帰りたくない




なんて、そんなの違う。








あって彼にどんな顔すればいいの?

たしかにあたしが見たのはただの夢で彼はそんな夢を見たことをなにも知らない。








いきなり消えてきっと心配してる。








だけどね、

ふつうに彼に触れて平然を装うなんてあたしにはできないよ。







シオンの弱さも知った。





成瀬のことを想って泣いてるあたしに
それでもいいからそばにいてくれと
言ってくれた。







でもね、あたしやっぱり…。











「おっ!女の子はっけーん」







重たい頭を傾けると、チャラチャラした集団があたしに近づいてきた。







「なーにしてんの?こんな暗いところで1人は危ないよ?」







意味ありげな笑みがいかにも遊んでますって感じだ。






大人になったあたしのことを

ナンパしてくれるもの好きもいるんだ。






「家に帰たくないんだもーん」







「えー?んじゃ、俺らと遊ぶ?」






そっと伸びた手があたしのアゴをくいっとあげた。








「どーしよっかな」






その手を振り払い、あたしも少し笑った。








いっそこのままさらってよ。







この罪悪感から
あたしの中の、だれも触れることのできない大きなものから








逃れたい。







「だとよ、連れてくか」




手をひかれるままあたしも歩き出した。






その時






バコッ…ー。







「うっ!」






え…?

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