嘘恋
唖然としてるとあたしの手を誰かが引いた。
「こい」
「あ…」
そのまま彼と一緒に走り出す。
…大っきい手。
あたしの手をスッポリと包み込んでしまっている。
「…ここまでくれば大丈夫だろ」
深く帽子をかぶった、謎の男。
…あたしを助けてくれたの?
まぁ、助けて欲しかったわけじゃなかったんだけどね。
とりあえずお礼言わなきゃ。
「えっとありがと!でもあたしっ」
そこまで言いかけて目を見開く。
「ほんとあぶなっかしいなぁ。お前は」
うそ、…?
「一人でなにしてんだよ。しかもこんな夜中に」
この声。
心まで見透かすような、真っ直ぐで、どこかさみしげな瞳。
「お前を見つけた俺って天才?」
そう言って困り顔で笑う彼を
あたしは夢で見たんだ。
「久しぶりだな」
「成瀬…」
あたしが…会いたかった人。
「ったく。昨日は冷たくされて、悲しかった〜」
「なんで…?」
「ん?」
もしかして夢?
だって彼がここにいるなんて、ありえない。
まだ夢みてるのかな。
思いっきり頬をひっぱる。
「いてて…」
「なにしてんだばか」
…現実。
「…どうしてここにいるの?」
「会いたかった。」
いまさら
どうしてそんなこと言うの?
あたしを突き放したのはあんたでしょ?
「サナさんは…?」
そう尋ねると、ただ力無く微笑むだけで何も言わなかった。
…それ以上は聞くなってことだね。
すると成瀬はいきなり黙り、どこかを見つめていた。
彼の視線をたどるってみる。
「あ…」
あたしの指にはシオンがプロポーズの時にくれた指輪。
成瀬がくれた指輪は…ない。
とっさに手をうしろに隠すと、成瀬は帽子を深くかぶりなおした。
「…幸せそうでよかったよ。じゃあな」
一瞬見せた帽子の下の悲しい顔。
ここでほんとにさよならなの?
…引きとめなきゃ。
そんな想いがあたしの体を動かす。
「…っまって!」
強く、彼の腕を掴んだ。
「なんなのっ。突然あらわれて…あたしの気持ちもしらないでっ!」
ねぇ
あたし気づいたよ。
どれだけ時間が経っても
他の誰かにどれだけ愛されても
あたしはあなたを選んでしまう。
代わりなんていないんだ。
「ほんとは…あんたのことまだ好きなのっ。あたしには成瀬が必要なんだよ!」
「…お前には、もういるだろ」
かすれた低い声。
成瀬は今、どんな顔してるんだろうか。
「だけどっ」
まるで、言葉を遮るようにぎゅっとあたしの手を握る。
そして、ゆっくりほどかれた。
…もう、戻れないの?
うつむくと、
振り返った成瀬はあたしをゆっくり引き寄せた。
「…っ」
「…なーんて強がって言ってるけど、本当は俺だって、お前のことばっか考えてた」
抱きしめる力からその想いが伝わってくる。
「離れてから大切さに気づくってホントなんだなぁ。当たり前みたいにお前がそばにいたから。すごい辛かった」
「ん…」
「俺だって…お前のこと…ーっ」
長い沈黙。
そっと顔を上げると、成瀬はいまにも泣き出しそうな顔をしていた。
…そっか。
その先を言わないのは
あたしを一番に愛してくれている彼の
幸せになって欲しいと願うあたしのためなのかな。
それと、あたしのことを愛する
シオンのため。
ちゃんと、二人ともわかってるんだ。
もうあの頃には戻れないことを。
「…また香奈に、会えてよかったよ」
まるで、さよならを告げられたみたいであたしの目からは涙が零れた。
きっと
あたしたちがまた笑い合える日は
もう来ないのだろう。
思っていたよりも
トキは流れすぎてしまったようで
彼は大人になっていました。
「…じゃあな」
遠ざかる背中。
だけど、あたしやっぱり離したくないよ。
やっと会えたのに
やっとまた、近づけたのに
…っあたし。
「…っ成瀬!」
彼の背中を追いかけて、後ろから抱きついた。
強く。
ふわっと香る成瀬の香り。
大きな背中。
懐かしくて
なんでかなぁ
涙がでてくる。
「やっぱりやだ…離れたくないよぉ」
あんなにも遠かった彼が
今、こんなにも近くにいる。
「…香奈」
あたしの手に成瀬の手が触れた
その時
「…香奈?」
成瀬の声とは違うすこし高い声。
恐る恐る振り返ると
そこには立っていたのは
まぎれもなく
シオンだった。