嘘恋
「香奈」
「っ…」
突然あたしはシオンに呼び出された。
ギクシャクした雰囲気の中、口を開いたのは彼。
「メシ食いに行かね?」
「…え?」
「お好み焼き、食べに行こう」
いきなりの誘いに戸惑いながらもシオンとのあとについて行った。
「適当に頼んでいいよ?」
「じゃあ豚玉と…モンジャと焼きそばとあとね…」
「お前、ほんと大食いだよな。だからデブなん…っ」
「なんか言った?」
「…なんでもありません」
「あっそ」
こんな会話、懐かしいなぁ。
出会った日にここでお好み焼きを食べたんだっけ。
…彼は辛くないのだろうか。
あたしはシオンを傷つけた。
彼にとってあたしは最低な女のはず。
それなのに、どうして今あたしを誘ってくれたの?
頼んだお酒を飲み干しながら、少し火照った頬を撫でた。
「なぁ香奈」
「なにー?」
「俺達、また友達に戻れるよな?」
「なーに言ってんの。当たり前じゃん」
「ほんとは、まだお前のこと好きだよ。振られたけどまだ想ってる」
周りのお客さんの声が大きくて、シオンの声が途切れ途切れに聞こえる。
それでも、小さくてもあたしの耳には届いてきた。
聞き間違いなんかじゃなく、切実に。
「俺は、あの時の思い出をなかったことにはしたくない」
「…うん」
「俺はお前を愛してた」
「…もちろん。あたしだって同じだよ」
だから一緒に居たんだよ。
成瀬に似ていたのは事実。
だけどたしかにシオンを見つめていた。
彼だけを想ってた。
「…もう、帰ってこない?」
どこへ?なんて、そんなこと聞かなくてもわかってる。
ねぇ、シオン
どうしてあなたは。
視界が霞んで、目の前のシオンが悲しく揺れる。
「…なんで?なんでシオンはあたしを嫌いにならないの?」
どれだけあなたを苦しめたかわからない。
最低な女だって思われていてもおかしくないのに。
忘れられなかった人を想ってあなたの手を振りほどいたのに。
それなに、どうして今でもっ。
「嫌いになれたらどれだけ楽か。…好きだった女を嫌いになれるわけねーだろばーか」
あぁ、だめだ。
堪えきれなかった涙がジョッキの中に雫として落ちた。
「っ…ばかぁ。いい人すぎるし!」
「泣きてぇのは俺の方だ」
「泣いてないもんっお酒のせいだもん」
「はいはい」
困り顔でそんなふうに切なく微笑むからあたしの涙は止まる気配がない。
いい人すぎて
あたしにはもったいないよ。
こんな人に想われて
あたしは幸せ者だ。
そんな一途な彼を振り払ったあたしは
最低だ。
「ったく。飲み過ぎなんじゃねーの」
「…っシオンはあたしの大事な人。それからもそれはかわらない」
「…俺もだよ」
こうしてまた笑える日が来るなんて思ってなかった。
こんな優しい人に出会えて改めてまた幸せを実感した。
そんな日だった。