嘘恋
「…香奈」
…成瀬はいつもそうだ。
ケンカして、あたしがどこへ行っても
いつも見つけ出してくれる。
成瀬が悪くてもあたしが悪くても
先にごめんって言って
あたしを抱きしめてくれる。
でも、今は
その優しさが苦しい。
足音が近づいてきて、ベットがギシっと音をたてた。
成瀬はあたしの隣に腰をかけた。
「…さっきはごめん、突き放して。痛かったよな」
彼の優しい声にまた涙が溢れる。
「香奈が言ったとおり、あの帽子はサナが俺の誕生日にくれたものなんだ」
うん。
きづいてたよ。
「たまたま昨日、部屋を掃除してた時にあれがでてきてさ。もちろんもう未練なんかないし、香奈が好きだから捨てるはずだった」
…未練がないなんて、嘘つきだね。
「でも、なかなか捨てれなくてさ。結局そのままにしちゃった。ほんと俺ってどうしようもないよな」
…彼は今、どんな顔をしてるんだろう。
優しいあなただから、きっと罪悪感で辛そうな顔してるんだろうな。
「だけど前に進むって決めたから。俺にはお前がいるから。……だから、あの帽子はちゃんと捨てるよ」
言いたいことは沢山ある。
あたしを突き飛ばしてまで好きな女なら、そっちに行けばいいのにとか
成瀬はいつも口だけとか。
だけど、言えないのは
成瀬が離れていくのが怖いから。
…そうだ。
どこにも行かないって約束したあの日から、あたしたちが進歩したのはたしか。
捨てるって言ってるなら、それでいいじゃないか。
成瀬は成瀬なりに努力してることはちゃんと伝わってくるから。
あたしのために忘れようとしてくれてるんだ。
あれほど大好きだった彼女のことを。
ぜんぶ、あたしのために。
「…っ成瀬」
布団から出て
彼の背中に抱きついた。
「あたしこそごめんねっ。…ムキになっちゃったの」
「香奈はなにも悪くないよ。中途半端な俺が悪いんだ」
「…ううん、あたしは大丈夫だよ」
なにがあっても信じるから。
いままでだって乗り越えてここまで来たんだもん。
彼があたしのそばにいてくれればそれだけでいい。
もともとそういう付き合い方だったじゃん。
彼がどれだけ元カノを愛していても、あたしが振り向かせるって。
だから、がまんする。
「…俺、ちょっと出かけてくる」
「え…?どこいくの?」
あたしの手を解く彼の手はなんだかひんやりと冷たかった。
「帽子燃やしてくるわ!そしたらお互いスッキリだろ?こんなんいらねー」
成瀬は作り笑顔が下手くそだね。
笑ってるつもりでも心は泣いてる。
本当はしたくないこと、伝わってくる。
「…うんっ。わかった、待ってる!」
でも、もう後戻りなんて出来ないから。
成瀬の言葉を信じて
ここで、待ってるよ。
「おう!」
彼の背中は
パタンッとドアの音とともに消えた。
微かに足音が聞こえて、どんどん消えていく。
「…はぁ」
部屋を出てリビングに行き、テーブルの上に並べられたたくさんのお菓子を一口食べた。
こんなにたくさん、二人じゃ食べきれないよ。
タダでさえ広いこの部屋は、一人きりになった途端に孤独を感じさせた。
…早く帰ってこないかなぁ。
早く…帰ってきて。
だけどこの日
彼が家へ戻って来ることはなかった。