嘘恋
「元気だったか?咲夜」
「あぁ、久しぶりだね」
変わってない。
昔からうるさくて、負けん気で
仕事に熱心で、真面目で。
小さい頃から忙しくて、家に時々しか帰ってこなかったけれど自慢の父親だった。
「…サナちゃんから聞いたよ。別れる時にお前にその理由伝えてなかったらしいな。癌だってこと」
「…うん、聞いてなかった」
「俺もびっくりしたよ。まさかお前の彼女が俺のとこで入院することになるなんてなぁ」
「…俺もびっくりだよ。さっき電話きたんだ」
「そうなのか。サナちゃん、お前と一緒に…」
俺は父さんの言葉を遮るように「でも」と声を荒げた。
「いまさら遅いだろ!なんで父さんもあいつが入院した時に早く言ってくれなかったんだよっ。なんも知らなくて俺はっ」
「…言ってあると思ってたんだよ。そのことを聞いたのはつい最近のことなんだ」
やけに低くて落ち着いた父さんの声は
おれの涙腺を緩める。
「俺、行けないよ。…新しい彼女いるんだ。すっげぇいい子だよ?サナに負けないくらいすっげぇいい子で可愛くて…」
こんな俺でも
あんなに真っ直ぐに愛してくれるんだよ。
離したら、壊れてしまいそうなくらい脆くて儚い。
おれの中途半端な気持ちでたくさん傷つけて
それでも俺を一途に想ってくれてた。
いっつも笑ってて、能天気で
だけど弱くて泣き虫で。
…ほんと、いいやつなんだ。
「そうか。でも、本当にお前はそれでいいのか?」
「…いいよ。」
だめだな。
ホントは…迷ってる。
「父さん、お前がサナと付き合ってるときの話を聞いてる時、お前がすごく幸せそうだったから嬉しかった」
「だから…」
「理由を言われてなくて、お前も苦しんだろ。ましてや長く付き合った二人だからな。……サナちゃんはもう長くない」
「…は?」
「薬のおかげで長生きしてたけど、使用してる量も増えてきてるし。そろそろ効き目がなくなってきてるんだ。」
サナが…いなくなる。
「…よく考えろ。今の彼女はお前じゃなくても幸せになれるんじゃないのか?サナちゃんにはお前しかいないんだよ。お前を今でも想ってるんだぞ」
俺だって…想ってたよ。
でもあいつが俺を変わらせたんだ。
前に進むために焦って
香奈と出会って
最初は何も感じなかったけど
それでも、今俺は香奈が好きで。
今は愛してるんだ。
サナが今でも俺を想ってる?
…そんなのいい迷惑だ。
おれはお前のためにも
自分のためにも
忘れようとしたんだ。
全部…お前のためだったはずだろ?
「俺…わかんねぇよ」
「決まったら連絡しろ。お母さん、今そっちに向かってるから。来るなら母さんと一緒にこっちに来い」
「…俺は」
「ゆっくり考えろ。ただし、長いことは待てないよ」
そう言って、電話は切れた。
…サナと香奈。
サナはあと少ししか生きられない。
けれど、あっちに行ったら香奈と会うことができなくなる。
どっちか選ぶとしたら
どっちを選べばいいんだよ。