嘘恋
夜空はこんなにも星が輝いていて
潮風だって、こんなにも穏やかにあたしたちを包んでいるのに
聞こえたのはあまりにも滑稽な言葉。
「別れる…?」
再び成瀬の視線があたしから空へとうつった。
「俺、だめな男なんだ。お前のこと悲しませてばっか」
今までになく心臓が鳴り響いて
それと同時に何か苦い感情が込み上げてくる。
「俺さ、知ってた。お前が俺のせいで我慢してることも、陰で泣いてたことも」
「それは…」
「きっと俺じゃダメなんだよ。お前を幸せにしてあげられない」
…なによ、それ。
思わず立ち上がり成瀬を見下ろした。
成瀬は夜空のどこか一点を見つめたままで、あたしと視点が合わない。
あたしを映してないその瞳からは感情すら読み取れなくて。
「俺じゃお前を幸せにできない…?なによそれ。私の気持ちなんにも知らないくせに!」
手を握りしめて、唇を噛みしめる。
痛いくらいにつよく。
「勝手なこと言わないでよ!あたしは…っ。ガマンしてでも一緒にいたいと思ってたんだよ?あたしが幸せかどうかはあたしが決めるもんじゃん!」
溢れる涙が彼の頬に当たって流れ落ちる。
それでも彼は微動だにしない。
…ねぇ、どうして?
さっきまで手を繋いで見つめ合ってたじゃん。
目が合うたびに微笑んでくれてたじゃん。
突然過ぎて、意味わかんないよ。
ふと、あたしの頭の中で再生された朝の出来事。
「…元カノ関係でしょ?」
あたしが眠ってる時に、彼が切なげに見ていたサナさんの写真。
「…サナさんのこと忘れられないの?」
ねぇ、こんなこと本当は聞きたくないんだよ。
言わせないでよ。
だって、答えなんて。
「…ああ。ムリだった」
…わかってた。
だけど
胸が 張り裂けそうだった。
「じゃあなんで?だったらなんであたしと付き合ったのよ!なんで好きって言ったの!」
気を持たせるようなことして
サナさんのことも忘れたってウソついて
あたしに優しく触れて、キスして抱いて。
結婚の約束までしてくれたくせに。
…全部嘘だったの?
結局あたしは、彼女の代わりだったの?
「なんとか言ってよ!ばか成瀬っ!」
こんなに叫んでも、成瀬は口を開こうとしない。
あたしの目も見てくれない。
長い沈黙。
波が荒い。寒さなんてもう感じなかった。
…そっか。
それが、成瀬の答えなんだね。
「…あたしのこと、最初から好きじゃなかったんだね。突き放すってことは、もうあたしなんてどうでもいいんだね。…わかったもういいよ」
吐き捨てるように呟いて歩き出した。
その時
「きゃっ…」
後ろから力任せに引っ張られ、バランスを崩したあたしの体は砂浜に倒れこんだ。
強く掴まれて押さえつけられた腕。
小さな痛みに顔を歪めると、
あたしの上に馬乗りになる成瀬と目が合った。
「どうでもいいわけねぇだろ…ーっ」
ねぇ、成瀬
あたしにはあなたが必要なの。
ほんとに愛してるんだよ。
それは、成瀬が一番わかってるでしょ?
突き放したのはそっちのくせに
あたしが行こうとしたら引き止めて
こうして、また期待させる。
別れを切り出したのは…成瀬なんだよ?
それなのに、どうしてそんな悲しい目にあたしを写すの。
どうして最後まで傷つけてくれないの。
どうして。
あたしの頬に落ちた一雫の涙。
…なんで。
別れを告げた成瀬が
どうして
「…っ。意味わかんないよ!」
おもいっきり成瀬を突き飛ばして立ち上がり、指輪を外して砂浜に叩きつけた。
もう、勢いに任せた。
きっと後悔する。
そんなのわかってる。
「さよなら」
そして背中を向けてまた歩き出す。
冷たい風は、まるであたしの涙を乾かすように優しく吹いていて。
もう、振り向かない。
聞きたくもない。
「俺…海外にいくんだ」
その言葉に、自然と足が止まった。