嘘恋
顔を上げなくても誰かなんてすぐにわかった。
突き放したくせに追いかけてくるなんて、あいつしかいないもん。
ほんの少しだけ顔を上げると視界に映った成瀬の靴。
「…なんなの。」
あたしが雨に濡れないように必死に壁に傘をかけようとする彼が
こんなにも愛おしい。
突き放すくらいなら、最後まで冷たくして欲しかった。
だから憎めない、嫌いになれない。
もうほっとけばいいじゃん。
どうしてあたしを捜したりするの。
なんで中途半端なことするの。
だけど、
あたしに声をかけることもなければ抱きしめてもくれないのはもう戻れないという証拠。
体に落ちていた雫が、傘の上に跳ねる音に変わった。
そして、足音が遠くなる。
…行っちゃうんだね。
もう終わっちゃうんだね。
今すぐにでも引き止めたい。
もう会えないかもしれない。
これで本当にもう最後かもしれない。
また成瀬のいない毎日に戻るなんて、そんなの嫌だよ。
成瀬の名前を呼ぼうとすると喉がキリキリと痛くて。
体が動かない。
引き止めたくても引き止められない。
ここで追いかけて引き止めても、彼の気持ちは変わらないと思うから。
もうあたしじゃ、成瀬の気持ちに答えられない。
だから遠くなっていく足音を、ただただ泣きながら聞く事しか出来なかった。