スセリの花冠
その時である。

足を踏み入れた木々の根元から、何か声がしたような気がして愛世は足を止めた。

なに、誰かいるの…?

ソロリと一歩ずつ足を進めると、草むらの陰に折り重なる人影が見える。

なんとそれは愛し合う男女の姿で、愛世は思わず息をのみ硬直した。

その途端、リンにもらったローズオイルをうっかり落としてしまい、たちまち辺りに薔薇の香りが広がる。

一方、カシャンと瓶の割れる音に、二人の男女は弾かれたように身を起こした。

女性は一瞬愛世を見たが、素早く胸の前で衣をつかみ寄せると、アッという間に去っていった。

どうしよう、こんなところを見てしまうなんて……!

気まずくて成す術もない愛世の前で、ゆらりと男性が立ち上がった。

あっ……!

後に残った男性を見て、愛世の鼓動が大きく跳ねた。

なんとそれは、アルファス王その人だったのだ。

アルファスは、呆然とこちらを見る愛世に眼を見開いた。

そんなアルファスの夜着の胸元は大きくはだけ、赤い跡があちこちに見える。

愛世は動けずに、ただじっとアルファスを見つめた。

…王様って……多分どこの王様でもこういう感じなんだわ。

必死で自分に言い聞かせて、愛世は落ち着こうとした。

一方アルファスは、愛世の黒い瞳を見て奥歯を噛み締めた。
< 52 / 168 >

この作品をシェア

pagetop