彼氏と思っていいですか?

「紗菜?」

スーパーの駐輪場で低い声で呼ばれた。
それでなくても急ごうとしていた私は飛び上がるほどに驚いた。駐輪場の奥の暗がりから大柄の影が近づいてくる。

聞こえなかったフリして逃げることも考えたものの、
「やっぱり紗菜じゃん」
と砕けた調子で再度声をかけられたから、自転車のハンドルを握ったまま影のほうを向いていた。


「幹仁(みきひと)くん」

知り合いだった。同じクラスの男の子で、朝陽くんと同じくサッカー部に所属している。彼ともこの夏、少年漫画を借りる程度にはお近づきになれた。
そういえば続きをまだ読んでいない。次の展開が気になっていたのに、朝陽くんとのことがあってほったらかしになっている。

「アイスでも買いにきたの?」

「違うよ。なぜ断定して思うの」

笑いながら答えると、

「女子はアイスだろ」
と、古典文学の一節のように決めつけられた。当たっているような違うような。
でも、深雪も夕飯まえに食べてたっけ。それじゃやっぱり当たってるのか。


「ええと、幹仁くんは部活の帰り?」

まだ制服姿だったし、塾の帰りにしてはスポーツ用品メーカーのロゴ入りエナメルバッグはしっくりこない。

「うん。遅くなったから腹減っちゃって」

よいしょ、と幹仁くんは駐輪場の縁石に腰をおろした。

なにをするのかと思って見ていると、白いスーパーの袋からプラスチック容器に入った食べ物を出し、右手に持った割り箸にかみつくようにして器用に割っておもむろに食べはじめた。
ごま油の匂いから察するに、食べているのは中華丼だ。


入口から遠い側とはいえ、駐輪場は駐輪場だ。
仕事帰りに立ち寄る人の多い時間帯だから、人目もなくはない。
他人の自転車と自分の自転車のあいだに座り込んでご飯をかきこんでいる姿を目の当たりにした私は、場を離れるきっかけを失っていた。

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