彼氏と思っていいですか?
「いいの? だってそんなことしたら幹仁くんが困るんじゃ……」
「卒業生が後輩に残していくのがうちの部の慣習なんだ。余っているから気にしなくていいよ」
「お礼とか、そういうの気にしなくていいよ。ほんとは受け取りたいとこだけど、朝陽を差し置いてそれって……ねえ?」
サッカー部の習いなら、朝陽くんに頼んでもいい。
だけど私はそうしなかったし、幹仁くんの言うように特別な謝礼も用意しないことにした。
空き時間に幹仁くんは部室に積んであるという英和辞典と古語辞典を取ってきた。
午後一は選択科目の音楽だったので、香織ちゃんには先に音楽室に行ってもらい、私は幹仁くんと非常階段の踊り場で立ち話していた。
「ここのところ、朝陽としゃべってないでしょ」
その問いかけは私の答えを必要としていなかった。
「話題なんてなんでもいーんだよ。あいつ、構えて話さなきゃならないような高尚な人間じゃないし、ああみえてアホだよ」
なんていって話しかければいいのか、私がためらっているのは見透かされていた。
人懐っこい朝陽くんは、誰とでも仲良くなれる人だと思っていた。
だから私、なんの心配もしていなかった。こうしているだけでクラスのひとりとして構ってもらえるだろうし、もうちょっと踏み込んだ距離で接することもできる気がしていた。
それでどうなったかというと――なにも変わっていなかった。
部活中に目が合うこともなければ、移動教室での班が同じになることもなく、まるっきり接点がなかった。
漫画の貸し借りがあるぶん、朝陽くん――のお友達の幹仁くんとのほうが仲良くなったくらいだ。
来週で九月も終わる。
一緒に登校したあの朝からもう一月になろうとしている。
「紗菜があいつに興味ないっていうのなら、俺としては別にいいけど」