彼氏と思っていいですか?
「朝陽」
「朝陽くん」
私の腕を取ったのは朝陽くんだった。痛いほどの力で幹仁くんから引き離された。
「行くぞ」
有無を言わせない勢いで、朝陽くんは私を引っ張っていった。
下り階段を踏み外しそうになりながら、必死に朝陽くんについていく。
私が女の子だというのを忘れているんじゃないかという勢いだった。
でも、一瞬だけ見えた無表情の横顔を思ったら、なにも言えなかった。
ものすごく怒っているふうに思えた。
「チャイム鳴ったね」
「授業、さぼっちゃうの?」
私が話しかけても朝陽くんは答えない。無言を貫いている。
降りきった非常階段の二段目に、私たちは並んで座っていた。
開いたままの防火扉は裏庭に通じていて、その向こうにテニスコートとグラウンドが広がっている。生徒の姿はそのどこにもない。
「紗菜」
「……なに?」
私を呼んだ朝陽くんはこちらを見ていなかった。
名前を呼んでもらえた喜びはそんな些細なことで立ち消えた。
なに、じゃないよねと言った私自身でも思った。
幹仁くんのあれはどう考えてもキスだ。
思い返しただけで顔に血が逆流して熱くなる。頬をかすっただけだと言い聞かせてもうろたえる。パニックになる。
どうしよう、どうする!?
こんな調子じゃあ私、きっと言い逃れはできない――。
審判を待つように私は身体を固くして、スカートのうえに置いた手をぎゅっと握りしめる。