彼氏と思っていいですか?

「はい」

「なんですか、これ」

準備室に行ったはずの先輩がまっすぐこちらにやってきて、なにやら白っぽい包みを差し出した。

「額に貼るの。知らない?」

「それは知ってますけど」

ドラッグストアで売られている、シール状の熱取りシートだ。

「貼るといいよ。熱あるんでしょ? 顔赤いし」


気持ちいいよ、と先輩は言う。私の『頭を冷やしている』発言をまるまる信じ切っている。
微笑みまで向けられては私も拒むことができず、先輩も私がそれを使うまで見届けるつもりみたいで。
覚悟を決めた私はお礼を言って受け取り、言いようのない気分で今となっては熱っぽくもない額に熱取りシートを貼った。


その選択は誤りだった。
熱取りシートを貼った時点で、身体の具合が悪いと認めたようなものだった。
前髪を降ろしていても隙間から青白いシートが見え隠れするし、広くもない調理室で活動している少人数の部なので、日常会話なんて努めて小声にでもしない限り、端から端まであっさり伝わる。

「紗菜ちゃんどうしたのそれ」

「あーなんかね、熱があるんだって」

「えー大丈夫?」

結果、五分とたたずに誤った情報が部内に広まった。


「紗菜ちゃん、食べたら帰っていいよ」

こんな日に限って、調理部の活動はプリン製作。
風邪ひきさんへの手土産みたいで、私の体調不良設定が本人の思いの及ばぬところでどんどん整っていく。

「でも片づけとか活動日誌とか、まだ残ってますし」

「うちらでやっとくし」

「へーきへーき!」

先輩の優しさが胸に痛いよ。
色ぼけで赤面してたなんて言えないよ。


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