彼氏と思っていいですか?
もし朝陽くんが来たら、送ってくれるかもしれない。
逃げるような、あんな去りかたをしておきながらわがままなことを思う。
できるできないは別として、送りたいって思ってほしい。
そうあってほしい。
−−なんて、この場にいもしないのにね。
狭い地域だから顔見知りはいるもので、どこかで見たことのある顔立ちの細面の先輩がその役目を引き受けてくれた。
運動部のみなさんはこれからドーナツを食べにいくのだとか。
ドーナツ。いいな。
調理部の先輩も合流して行ってしまうと、周囲が急に静かになった。
じゃあ行こうか、とぎこちなく促されたそのときだ。
「紗菜?」
辺りには夕闇の気配が漂いはじめていた。
静寂を揺るがし、一際その声は響いて聞こえた。
「朝陽くん」
駐輪場の明かりの真下は逆光になっていて、顔はよく見えない。
それでも、そこいるのが朝陽くんだと確信を持てる。
彼は自転車を引きながら駆け寄ってきた。
やっぱり朝陽くんだ。
「俺、送りますから。家も知ってるんで」
「だけど任されたの俺だし」
「俺が送ります」
先輩が状況説明をするあいだ、私は黙ってなりゆきを見守っていた。
朝陽くんは頑固に思えるくらい、私を送ると言ってきかなかった。
それはさっきから私が望んでいた構図だった。