彼氏と思っていいですか?
6.私たちのあいだには、知らないことが多すぎる。
朝陽くんが学校帰りに女の子と揉めて泣かしていた、という話は瞬く間に学校内に広がってしまった。

相手が私だという言及はされなかった。私が地味な女子だからというのもあるけど、それ以上に考えられるのはあのとき手で顔を覆っていたから、傍目には誰かわからなかったってことじゃないかな。
朝陽くんだけが好奇の目に晒されていて、良心がちくちく疼く。


朝陽くんは廊下ですれ違う上級生からも声をかけられているらしかった。気になったので一応メールで聞いてみたら『ドンマイって励まされたよ』と歯の見える笑顔の絵文字つきで返信があった。

そっか、と私は安心してスマホを置く。


泣き乱れて朝陽くんを責め立てる事態になってしまったけれど、冷静になってみれば私にも非はあった。

「話しかける勇気がなかったの。つまんないこと聞くって、思われたくなかった」

あのあと、打ち明けついでに白状すると、朝陽くんは困ったように笑った。

「実は俺も似たようなことを思ってた。紗菜の興味がありそうな話じゃなきゃ負ける、少なくとも幹仁に持っていかれるって、かなり焦っていたよ」

「そんなことないのに」


私たちのあいだには、知らないことが多すぎる。
だから知っていける。
これからどんどん近づいていける。

「私は朝陽くんの話なら、なんだって聞きたいって思う」

やばい、と呟いた朝陽くんは、自転車のハンドルを押したまま顔をぐっと俯けた。

「紗菜の発言、どきどきしすぎてやばいんだけど」

「やばい?」

「ぎゅって、したくなる」

しないけど、もうしないけど、と慌ててしつこく繰り返すのが滑稽だった。


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